2011年05月17日
思い込みを捨ててみよう!
<百聞は一見にしかず>
「ミスターササキ、どうかお願いです。
ぜひ一度、私たちのすばらしいアフリカを訪問してください!
21世紀はアフリカの時代ですよ!」
アフリカの親しい友人、ジョン・バッサさんから何年も前から、強い要請を受けてきました。
でも、アフリカと聞いただけで、
黄熱病、マラリヤ、エイズ、食中毒、強盗、戦争、部族抗争、貧困、飢餓
というような、否定的なイメージばかりが浮かんできます。
「生水を飲んだら必ずおなかをやられます。
歯を磨くのにも煮沸した水を使わないと、
大変な目に遭いますよ!」
と忠告を受けたこともあります。
行ってみたいという気持ちはあるものの、
「この忙しい状況で、片道20時間もかかるアフリカに
どうして危険を冒してまで行かなければならないのか?」
何年も重い腰が上がりませんでした。
けれども昨年、西アフリカのガーナにおける国際的な刑事問題が絡む事件を引き受けて、
依頼人と一緒にアフリカに行くことを決心しました。
黄熱病の予防注射を受け、マラリヤの予防薬を飲んだ上、
さまざまな医薬品を旅行カバンに満載して、決死の思いで飛行機に乗りました。
ガーナに行く前に、同じ西アフリカのナイジェリアを訪れました。
同国の友人と教会を訪問するためです。
ガーナでの事件が危険を伴う仕事であったため、
教会の祈りと協力をお願いする必要もありました。
旅行客と送迎の人たちでごった返すラゴス空港に降りた途端、
見渡す限り黒い人の群れです。
その見慣れない光景に強烈なショックを受けました。
「やはり、とんだ所に来てしまった。 この先どうなるのだろうか?」
宿泊先はホテルではなく、教会のゲストハウスです。
「そんな宿泊場所で、治安と衛生は大丈夫だろうか?」
一瞬大きな不安がよぎりました。
出迎えてくれた車に乗せられ、穴ぼこだらけの舗装道路を、
パトカーに先導されて、猛スピードで走り、
やがて大きなキリスト教会に到着しました。
宿泊したT・B・ジョシュア牧師のシナゴーグ教会は、
アフリカ最大の教会の一つです。
世界中からの訪問客が泊まるゲストハウスは、衛生管理も非常に良く、
おいしい食事が用意されていました。
日曜日の礼拝に参加しましたが、なんと1万5千のシートが満席です。
9時の礼拝に出席するため、6時には正門前に長蛇の列ができています。
礼拝堂に入れない人たちは、別の大きな棟でビデオ礼拝をしています。
一回の礼拝時間は約6時間。 二回通しで出席する人もいます。
依頼人は熱心な仏教徒で、キリスト教が大嫌いでした。
「私は絶対に礼拝には出席しません!」
と繰り返し、拒絶反応を示していました。
ところが当日の朝になって強度の頭痛と発熱に襲われた彼は、
一人で部屋にいるのが心細いこともあって、牧師の勧めで
生まれて初めて、キリスト教の礼拝に参加しました。
すると、とたんに頭痛と発熱が治ってしまったのです。
それまで 「アーメン、ソーメン」 と言って、
キリスト教をばかにしていた彼は、
教会に臨在する圧倒的な神の愛と力を体験し、
心から悔い改めて、その場でキリストを自分の救い主として受け入れました。
キリスト教の事実を自分の目で見て、イエスの力を自分で体験して、
それまで持っていた否定的な思い込みから解放されたのです。
翌日訪問したガーナの首都アクラは、
緑が豊富できれいな町並みに、大きな家屋が建ち並び、
ゆったりとしていて、日本よりもはるかに豊かに思われました。
ガーナ警察に協力をお願いして捜査をしてもらいましたが、
警察官は皆さん非常に紳士的で親切でした。
仕事を終えて日本に帰国する時は、
「ガーナに別荘でも持って、日本とアフリカを行き来できたらいいなぁ!」
と真面目に思いました。
<思い込みを捨ててみよう>
私がこれまで抱いていたアフリカに対するネガティブなイメージが、
一回の訪問で一挙に逆転しました。
一遍にアフリカが大好きになり、アフリカ人に親しみが持てるようになりました。
無邪気に遊ぶ子どもたちはとてもかわいらしく、神さまの作品のすばらしさに感動しました。
こうして、思い込みにいかに間違いが多いかを、思い知らされました。
あなたも今抱えている問題に対して、ある種の思い込みを持っているかもしれません。
その思い込みが否定的であるにせよ、肯定的であるにせよ、
事実の正しい認識に基づかないものである可能性があります。
自分の目で直接見て、自分の耳で直接聞く必要があるかもしれません。
マスコミの情報を含め、他人の評価やコメントは、
事実を直接見聞きしていない場合があります。
見聞きしていたとしても、
その人の物の見方に偏りがあれば、ゆがんだ評価が下されてしまいます。
インターネットの情報をうのみにすることは、
ぜひとも避けなければなりません。
問題を正しく解決するには、思い込みをいったん捨てて、
事実を自分で直接確かめることが大切です。
< 「ニューホープタウン・フォー・ジャパン」 構想>
昨日、ナイジェリアから仕事で来日したジョン・バッサさんと、品川のホテルで話し合いました。
東日本大震災の惨状をテレビで見て非常に心を痛めた彼は、
なんとか日本を助けたいと、アフリカから飛んできたのです。
彼は以前から、 「多くの日本人がアフリカに来て欲しい!」 という、
強い願いを持っていました。
アフリカは今世紀最大の鉱業国、農業国、商業国になる可能性を持っています。
その可能性に着目した、非常に大勢の中国人、インド人、韓国人たちは、
どんどんアフリカに移住して、さまざまな分野で成功しています。
ところが、日本人はほんの数えるほどしか移住していないのです。
おそらく、私が根強く持っていたような、
「アフリカに対する否定的な思い込み」
が原因していると思います。
ジョンさんとの話し合いの中で、新しいビジョンがわいてきました。
「震災の被災者の方々に、アフリカに移住してもらったらどうか!」
という構想です。
土地を失い、職を失い、希望を失っている、被災者のみなさんが、
アフリカに移住するならば、
そこには、広大な土地と、無限の可能性と、新しい希望が待っています。
たとえば、日本の政府や財界が資金を出して、アフリカ各国に
「日本人村」 「日本人タウン」 「日本人シティ」
を造ってインフラを整え、そこに日本人の移住を促進するのです。
これを名付けて、
「ニューホープタウン・フォー・ジャパン構想」
21世紀のアフリカと日本を結びつける、大きなかけ橋が造られることによって、
「アフリカが新生し、日本が再生する」 という、すばらしい可能性が見えてきました!
思い込みを捨ててみよう!
そこには、無限の可能性が、開かれてきます。
・・・ 「VIP ラゴス、メキシコ & ドバイ 」 集会ご案内
この変革の時代に、インターナショナルVIPクラブは、
世界に多大な影響を与え続けてきた
不朽のベストセラー 「聖書」 と、
その中心人物・イエス・キリストにその方向性を求め、
ビジネスパーソン・専門職同士の交流の輪を広げ、
相互の理解を深めることを目的とした会員制のクラブです。
VIPとは、旧約聖書・イザヤ書43章4節 「私の目にはあなたは高価で尊い」
”Very Important Person in God’s Eyes” の理念に基づくものです
日時: 2011年5月21日 (土)
17:30 – 18:30 夕食
18:30 – 20:00 お話
20:00- 20:30 フリートーク。
場所: 国際文化会館 (INTERNATIONAL HOUSE OF JAPAN)
http://www.i-house.or.jp 東京都港区六本木5-11-6, 電話:03-3470-4611
最寄駅 (地下鉄) :都営大江戸線 「麻布十番」 7番出口徒歩5分,
東京メトロ南北線「 麻布十番」 4番出口徒歩8分,
日比谷線 「六本木」 3番出口徒歩10分
スピーカー:
ジョン バッサ氏 (ワオグローバル社長、 次々期ナイジェリア大統領選挙出馬予定):
ナイジェリア、西アフリカ地域での車両リサイクリルビジネス立上と
グローバルなリサイクル社会の実現について。
海洋シッピングビジネス立上。
VIPラゴス,西アフリカのビジョン。
ジオフリー フィリップ氏 (オートフォーカストレーディング):
ウガンダ・アフリカ諸国と日本との経済・人的交流促進の提案。
石井 哲史 氏 (東良商事):
ラテンアメリカ体験談 (ビジネス・人的交流) VIPメキシコ立上げ。
市村 和夫 氏 (インターナショナルVIPクラブ 代表役員): ご挨拶
■ 参加無料。 但し、ご飲食代は、各自ご負担願います。
できれば20日まで (電話の場合は当日15時頃まで) に、
参加のご予約をお願い致します。
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International VIP Club “Lagos, Mexico & Dubai”
21 May (Sat.) from 17:30 – 20:30
In the ever changing world, International VIP CLUB provides business and professional communities, and
individuals the opportunity to seek eternal truth and chart the future direction of their life and work. The
aims of the Club are to create an expanding friendship network, to deepen relationships among the Club’s
business & professional members, and to dig for truth in the Scripture. The concept of the International VIP Club comes from the Book of Isaiah (43:4) of the Old Testament, where it is written “You are precious in my eyes.” In other words, you are a Very Important Person in God's eyes.
WE ARE PLEASED TO INVITE YOU TO OUR MAY MEETING AS PER FOLLOWING SCHEDULE. EVERYBODY WELCOME !
DATE AND TIME:
21 May, 2011 (Saturday.)
17:30 – 18:30 : DINNER TIME
18:30 –20:00 : MESSAGE
20:00 -20:30 : FREE TALK
LOCATION: INTERNATIONAL HOUSE OF JAPAN
http://www.i-house.or.jp
ADDRESS: 5-11-16, ROPPONGI, MINATO-KU, TOKYO, JAPAN TEL:03-3470-4611
NEAREST TRAIN STATION (SUBWAY):
TOEI OEDO LINE "AZABU-JUBAN” (EXIT NO. 7) 5 MIN. WALK,
TOKYO METRO NAMBOKU LINE "AZABU-JUBAN” 6 MIN. WALK,
TOKYO METRO HIBIYA LINE “ROPPONGI” 10 MIN. WALK
l SPEAKERS:
Mr. John Gbassa, President of Wao Global Trading (Nigeria)
New ventures; Automobile Recycling Business & Oil Tanker Shipping Business starting in Nigeria & the latest reports and visions of the business development for Nigeria, Ghana, and other African markets with Japan
Mr. Mwesigma Geoffrey Philip, Focus Trading Co., Ltd. (Uganda)
Testimony as Christian Businessman & the business relationship between Uganda / African countries and Japan, its Strategy and Spirit
Mr. Tetsushi Ishii, Toryo Trading (Japan)
My life in Latin America (Business Experiences and the Start of VIP Mexico)
Mr. Andrew Ichimura, International VIP Club (Japan)
Greetings from the founder
* CONTACT FOR ATTENDANCE:
K. KUSABA : tel: 090-6527-6608 , e-mail: HZF00310@nifty.com
JEAN KENNE:tel: 090-3500-6292, e-mail: kenne@dapad.org
■COST: FREE OF CHARGE; BUT, PLEASE PAY FOR YOUR OWN MEAL and DRINK.
PLEASE CONTACT US FOR RESERVATION IN ADVANCE
YOU ARE VERY IMPORTANT PERSON IN GOD'S EYES.AND WE ARE ALL IMPORTANT TO EACH OTHER
http://vip-club.tv/
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Posted by アブラハムささき at 16:10│Comments(9)
この記事へのコメント
アフリカ良いとこ行ってみよう、有利であっても不利であっても。
温かい人々の心に触れると、心身解放。
思いこみ、不安に閉じこもらず、積極的にチャレンジ。新しい世界が広がるチャンス。
ありがとう。ジョンさん。
温かい人々の心に触れると、心身解放。
思いこみ、不安に閉じこもらず、積極的にチャレンジ。新しい世界が広がるチャンス。
ありがとう。ジョンさん。
Posted by ななし at 2011年05月17日 22:20
アフリカに行ったことはありませんが、アフリカ日本人村の新天地で人生やり直してみたくなりました。
Posted by 権助 at 2011年05月17日 22:26
アフリカって、日本人女性でも、安全に住めるんですか?
キリスト教とイスラム教の争いもあると聞いていますが、大丈夫なんですか?
キリスト教とイスラム教の争いもあると聞いていますが、大丈夫なんですか?
Posted by ミカン at 2011年05月17日 22:43
アフリカにはマラリアの薬より酔い止めが必要ですよ!
1 は 省略しました
2
2、アフリカへ行こう!
アフリカ体験談です。
皆さんもご存知のように佐々木先生は今年一月をもってアンダーソン毛利・友常法律事務所から「鷲のように」飛び立たれました。
私は実は昨年7月頃にアフリカに行くと言われて、黄熱病予防ワクチンを接種していました。
私は東京の検疫所が予約ですぐにできなかったものですから、わざわざ費用掛けて広島まで行き接種を受けてイエローカードを取得したのです。
ところが中々アフリカに行く時期が来ません。予防ワクチンは接種したものの、このまま永遠にアフリカには行かないのではないかと思っていました。
ワクチンを接種するときに面白い話が有ります。(実はこの事は先生から許可を頂きましたので特別に皆さんにお教えします)
それは先生がイエス様ではないんだと思い始めたきっかけでした。
何とその「ワクチン接種が恐い」と先生はおっしゃったのです。
前日なんか「恐くて眠れない」と言う連絡も有りました。
私の方が「先生 安心してお休みください!」・・って言ったほどです。
先生の友人で黄熱病の予防ワクチンを接種して病気になった方がいらっしゃるそうで、
そのことで心配されていたのです。
日ごろは「イエス様を信じなさい!」って私にいつもおっしゃっている先生が、注射が恐い。 これには私も笑いました。可愛いなって思ったくらいでした。
アフリカにはいつ行くのかも解らないまま、数か月時がたち、いきなり先生から連絡が有ったのです。41年も勤めた法律事務所を退職すると言うのです。
これには驚きました。「ワシは鷲のように大空に飛び立つんだ!」っておっしゃいました。
イエス様がそうしなさいとイエス様命令が出たのです。
アンダーソンという鳥籠の中から飛び出たわけですから、「ワシは鷲のように早速アフリカに飛びます!」と言うのです。「そうですか。それでは先生 十分気をつけて行ってくださいね!」って返事しましたら、「オバマさんも行くんだよ!」って言われて、それもびっくりです。
一体何をしに行くのか、アフリカの何処に行くのか知りませんでした。なんでも「守秘義務」があるとか。
でも結局は 皆さんのご期待通り 私は先生を無事に帰国させるボディーガード役だったのです。何人のか方からも言われました。「先生だけは無事に帰してね」って。これはかなりのショックでしたが、まあ器が違うし、「日本のオバマ」だから当然と言えば当然です。
3
3、サタンの攻撃
いよいよ2月10日、アフリカに行く前日です。大久保で集会がありました。
僕もそれに参加することになっていましたので、上野から大久保に向かおうと思い、山手線に乗りました。外は冷たい雨が降っていました。その辺から先生にも異変が起きていたのです。私は上野から大久保に向かうわけですから、普通に秋葉原から中央快速で向かえば20分もあれば到着できたのです。ところがなぜか巣鴨に着いていました。あわてて気付いて反対方向の電車に乗り秋葉原まで戻ったのです。
先生に「すみません。待ち合わせ時間に遅れます!」って 連絡しました。
冷静に考えれば巣鴨から新宿はすぐですよね。引き返すことも無かったのです。先生は笑って、「オバマさん、馬鹿な事をしているなー」って思っていたそうです。ところがなんとその同じ時に佐々木先生は四谷から反対方向の飯田橋への電車に乗られていたのです。
今度は先生からメールが来ました。「私も間違えて反対方向に乗ってしまったので遅くなる・・」と。
しかも階段から落ちそうになり足は捻挫、倒れたところの頭のすぐそばを車が走ったとおっしゃるのです。それにはびっくりしました。それがアフリカ行きの前日の出来事なのです。 サタンの攻撃の始まりか・・・・
でも無事に打合せも終わり、先生と笑いながらその日は帰りました。
羽田、関西空港、ドーハ経由でナイジェリアのラゴス行きだったのですが、先生が出発当日になって黄熱病予防接種のイエローカードをなくしたとおっしゃったのです。イエローカードがなければ今回の本来の目的地ガーナには入国できません。先生は羽田からあわててタクシーでイエローカードの再発行に向かわれました。羽田からお台場の東京検疫所までまるで鷲のような速さです。
間に合ったのです。 その辺から本当にサタンの攻撃が始まっていたのですね。
でもイエス様が救ってくれたのです。神様の計画だったのでしょう。
あわや主人公無しの旅は中止になるところでした。
と言いながらも、私と先生は野次喜多道中の始まりでもあったわけです。
関西空港に着いたら先生が海外旅行保険に入らなければいけないとおっしゃるのです。
それが奥様から今回の旅行をお許し頂ける条件だったのです。笑っちゃいましたよ。
万が一、事故がお金が残る。どこかで聞いた事のあるような・・・・(2行下記)
保険金があればとりあえずの生活はできる。奥様はそう判断されたのでしょうね(^-^)
私もつられて生まれて初めて海外旅行保険とやらに入りました。
4
なぜか王さんと言う同行された中国人女性も保険に入られました。
ところがその王さんは肝心な日程を間違えて入られたのです。一番大事な帰りの日を保険期間に入れてなかったのです。私も日程は知りませんでした。当日になって帰国日がいつかを知ったくらいでしたから。しかも何処に宿泊するのか、何処経由で行くのかも知りませんでした。ドバイ経由だと思って楽しみにしていましたら、ドバイではなくサッカーワールドカップの「ドーハの悲劇」で有名なドーハだったのです。
ちなみにアフリカは蚊が多くマラリアにかかる可能性があるとのことで、先生はちゃっかり薬を八重洲の病院で取得されたのです。
私には「イエス様が守ってくれるから大丈夫だよ」っておっしゃっていた先生が、マラリアの予防薬をもらわれていたのです。私の分はありません。お医者さんが「危険な薬だから本人じゃないと渡せない」とのことです。私は予防薬を受け取りに行く時間もなく「マラリアなんかイエス様が守ってくれる!」と信じるほかなく、私こそが本気で信じて出発したのです。
そんな事がありましたが、いよいよ出発です。 私と先生は隣の席で、ヤジキタコンビが始まっていました。航空会社はカタール航空、立派な綺麗なエアー300でした。飛び立って、先ず出てきたのが食事のメニューです。
一人一人にメニューが配られて、それを見ると、まるでファーストクラスのメニューじゃないですか。さすが石油成り金の金持ち国のカタール航空だと思いました。
ステーキあり、和食あり、それに、デザート、ワイン付きです!どれを食べても食べきれない豪華メニューでした。私はステーキを選び、先生は和食を選び、ルンルン殿様旅行気分です。ところが出てきたごちそうは、なんと小さい「軍人さん弁当」???
アルミ箔のいつもと同じ弁当でメニューと見比べました。確かにステーキは入っていましたが、アルミの弁当箱の中のご飯の上に小さなステーキがちょこんと乗っかっているだけ。
確かにステーキでしたがあれはメニューとは段違い。
ところがメニューの下の方に免責事項が書いてあったのです。
「ご希望に沿えない場合があります」って・・これには笑っちゃいました。
全然ご希望に沿えていません!そうだこれはビジネスでも役に立つと思いましたね。
* 契約書をしっかり作って、下の方に小さい字で「ご希望に沿えない場合があります」
これはいいですね。見る目的が違うわけですから、最初はその文章に気付きませんでした。
内容が余りにも違ったからその免責事項に気付いたのです。
先生と私は大笑い!!そんな冗談を言いながらあっという間にカタールのドーハ空港に着いたのです。でも10時間以上のフライトでしたからドーハに着いた時にはすでにお疲れモード、トランジットのため待ち時間が少しあったのですが、なだれ込むようにベンチに座り込んでしまいました。綺麗な空港だったような気がしますが、すでに時差ボケも始まっていてショッピングにも行く気がしません。
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記念写真だけはしっかり撮って、ナイジェリアのラゴスに向かいました。
同じカタール航空(メニューは最後のページをご覧ください)のメニューが手渡されましたが、もう期待はしません。案の定、内容は同じ免責有りメニューです。しかも、ドーハからは、免責事項の下に
(この食事は・・・教の教えに則って調理されています。)(メニュー2ページ目)
何と クリスチャンは・・・教まで喰っちゃったのです!!ハレルヤ !!
先生は爆睡モード。私は先生から頂いた「聖書を読んだサムライたち」が面白くて夢中で読んでいました。
4、アフリカ到着
ようやく ナイジェリアのラゴス空港に着きました。ドーハまではイギリスに行く青年たちや、ローマに行く女性たちで日本人がいっぱいいましたが、ラゴスに行く日本人は我々だけ。後は殆どが六本木で見かける真っ黒い人ばかり。とても異様な雰囲気でした。
ラゴス空港(正式名は忘れました)。それは汚くて、汚くて、免税店どころか、トイレも何処にあるのか解りません。
イミグレーションはアナログ状態。まずそこで王さんがサタン攻撃を受けたのです。
急がば回れと言いますが、お疲れだったのでしょう。
私と先生は階段を下りたのですが、王さんはエスカレーターに乗ったのです。
やはりラゴス空港ですね。そのエスカレーターに大勢の人が乗ったものですから重量オーバーで急に止まったのです。止まっただけなら良かったのですが、また急に動き始め、そしてまた止まり、また動きました。その動きでエスカレーターに乗っていた方たちはものの見事にエスカレーターで将棋倒しになったのです。
その一番下に居たのが王さんだったのです。エスカレーターに髪は挟まっているようですし、スラックスも少しは挟まって、先生と私は現場を見ることはできましたが、遠すぎて助けにいくことができません。王さん本人は顔色は変って「たすけてー!たすけてー!」と大声で叫んでいました。
顔色は真っ青になってそういう事故をまさかラゴス空港で遭遇するなんて・・・
しかし周りにいた人たちが王さんを助けてくれて、怪我はされましたが最小限で収まったのです。救護隊もやって来ました。(ところが久しぶりに4月11日の祈祷会で王さんにお会いしましたが、まだ傷は癒されていませんでした。)
でも王さんはさすが中国人、強いです。助かった後はけろっとして、笑っていました。
そんなこともあり空港を出たのは一時間以上経ってからでした。荷物も無事着くかどうか気になっていましたが関西空港からちゃんと届いていました。ようやく空港を出たらもう異様な雰囲気です。
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すでにドーハからの機内も異様な雰囲気でしたが、空港に着いたらこれがまさしくアフリカ、いきなり目にしたのは銃持ったポリスばかり。しかも戦闘服。
ところが、そこは型破りのミスターOBAMA!!ちゃっかり そのポリスさんと記念撮影、佐々木先生も記念撮影。意外と簡単にポリスさん達が記念撮影をOKしてくれました。しかも恐いはずのポリスが笑顔で(画像が有りますよ。・・プレミア)
ようやく、迎えに来てくれていたジョンバッサさんの奥様達と一緒にキリスト教会内の宿泊施設に向かいました。ジョンバッサ大統領(註、日本滞在歴十年のジョンバッサさんは、六年後のナイジェリア大統領選挙に出馬する予定。ニックネームは大統領)の手配ですね。
記念撮影した戦闘服姿のポリスのパトカー先導です。その時点で気持ちはVIPです。
ガタガタ道をパトカー先導で1時間も走ったでしょうか。ところが、途中にそれらしき建物は全く無く、殆どが屋台・・・・
あれはスーパーマーケット、あれはドラッグストア、あるいは洋服店、でも全てが露天商ばかり。段々 どんなところに宿泊するのだろうか・・と心配、不安になってきました。
ところが着いた教会は官公所顔負けの大きな建物です。入口にSPがいて鉄城門が有り、
中は別世界でした。そこに着くまでの景色とは全く違った場所でした。宿泊施設まである教会でその施設はホテルのようで、部屋が沢山あり、リビングもそれぞれの部屋にあり、その一部屋ごとに中に個室があって、その個室一部屋ごとにトイレ、シャワーが付いているのです。モスキトーなんか殆どいません。エアコンはばっちり。
それでも残念ながら、」唯一できなかったのがインターネット。それに出てくるシャワーが水。先生に至ってはシャンプーを忘れたとかで私がプレゼント。私は固形せっけんシャンプーしたせいか、ガサガサ頭に、ドライヤーも無く髪の毛は 爆発状態
その他は申し分ありませんでした。各人が自分の部屋に分かれて寛ぎ始めたところ、またもや王さん事件です。持ってきたトランクが「自分のと違うわ!」って言うのです。
王さが他人のトランクを勝手に間違えて持ってきたのです。くつろぐ暇もなく王さんと、オバセキさん、それにジョンバッサ大統領の奥さんは空港に引き返しました。
片道1時間かけて間違えた荷物を受け取りに行くわけですから大変です。
3時間も経った頃でしょうか。荷物と共に帰ってきました。エスカレーター事故があり、荷物間違いがあり、まさに王さんデーでした。その日の夜はスケジュールがなく、ほとんどの人が部屋に閉じこもったり、一つの部屋に集まってぐったりとビデオを見たりして寛ぎました。
私はネットができないため何とかできないかと思って尋ねてみたら、教会内に放送局があるので、そこに行けばネットが使えるかもしれないとのことで、迷路みたいなところを通り、ようやくエマニエルTVの放送局に着きました。
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ところが不思議なことにマイクロソフトでのメールは使えず、G(グーグル)メールのみ・・・ナイジェリアに行く前に ミスターレゴスマン(註、アフリカでは「ラゴス」を「レゴス」と発音する。レゴスのナイジェリア人は狡猾で強暴であると言われ、「レゴスマン」と聞いただけでみんなに恐れられている)こと日本人のTさん、ナイジェリア人の オバセキさんにネット環境について聞いたら「ダイジョウブ!ダイジョウブ!!」との事なので安心していましたが、何の事はない、ノーダイジョウブでした。
これは神様がイエス様のことだけをしなさいと導かれているのだと自分で勝手に解釈して、諦めることにしました。ところがもともと不眠症の私は、本ばかり読んで、お陰でもっていった本は全て読み終えてしまいました。
5、日曜礼拝での奇跡
翌日、日曜礼拝があり何とVIP待遇での礼拝参加をする事ができました。
1万5千人以上が教会内に、そして外にいる人たちを足せば2万人以上の人たちが集まっているではありませんか!!
私たちが参加した時には既に礼拝は始まっていて、1万5千人(教会内)の人の前で
一人のお年寄りのアフリカ人が妙な踊りを踊っていました。 一人だけで踊っているので目立っていました。
しかもVIP席の前でマイケルジャクソン顔負けの踊りをしていたのです。
全員がその踊りを見ていました。ところがなぜか私も踊りたくなって、その踊っている人の処へ導かれるままに行っちゃったのです。
同行していた佐藤さんと言う方は僕がそこに行くような雰囲気があったと言ってハラハラしていた。と言っていました。ところが有ろうことかそれをやっちゃったのです !!
逆に行かなければ良いけど・・と思ってもいたそうです。
非常に目立ったと思います。日本人だけで比べると浅黒い僕ですがさすがに真っ黒いアフリカ人に比べれば明らかに白い!!
ところがその僕が真っ黒い人たちの前で踊り始めたのですから(^-^)
皆、アフリカ人が拍手大喝さいです。ところがふと、その喝采で我に気付いて急に恥ずかしくなって、佐々木先生を引っ張り出しました。そこで何と 先生も大観衆の前で踊り始めたのです。先生ってもちろん「姓はドント!名はウォーリー!」の佐々木先生です。とてもいい笑顔でした。あんな解放されてあの笑顔を見たことがありません。ガーナでの銃撃戦のことも忘れていました。 僕がマフィアの人質になる計画すら知るはずがありません。
それに草場さんまでが踊りました・・あの真面目で堅い草場さんです。実は会社からはナイジェリアは危険国だから行ってはいけない。
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と言う指示が出ていたらしいのですが、先生がナイジェリアに行かれることになり、内緒で合流されたのです。あとで解ったのですが、踊っていた場所はアフリカの政治家や政府高官たちのVIPメンバーの前で、しかもそれも知らずにそのVIP全員と握手してきました。先生も、そして草場さんもが です。まさにハレルヤ!!!
まだまだ踊りたかったのですが、教会の役員に注意されて途中で止めさせられちゃいました。でも1万5千人の前で、しかも全世界で放送されているテレビの前で踊ったのですから凄いですよね。・・・どうも私の型破りは本物のようです。・・・
(実は帰国後 韓国に行ったのですが、以前は韓国の教会は凄いな、大きいな、熱心だな・・と思っていましたが、ナイジェリアに行ってからは韓国っておとなしいなって思うようになりましたし、その中でも日本の小ささに情けなさすら感じるようになりました。)
我々のスペシャルダンスの後は、今度はオーケストラの音楽に合わせて2時間近く、全員がその場所で踊っているのです。1万5千人の真っ黒い人たちが一斉に踊るのは壮観です。礼拝が踊りからスタートするのです。その後、礼拝が始まりました。そしてTBジョシュア牧師のメッセージと祈りです。延々と続いて終わったのは夜中の11時ごろです。
その礼拝が毎週日曜日、何と12時間以上の礼拝が行われているのです。
ナイジェリアは今日も日曜日ですが今の時間も礼拝がおこなわれています。
そこで第二の事件が起こりました。その礼拝中に部屋に置いていた草場さんのPC、HDDが盗まれたのです。
礼拝で草場さんはTBジョシュア牧師から、「あなたには・・の霊が付いている!」と言われてびっくりしていました。
それで改めて個人的にTV放送で証と癒しをしてもらうことになっていたのです。
王さんもそうです。「あなたは過去のことで思い悩んでいる。あなたがうらんでいる人を許しなさい!」・・そう宣言されました。
内容はプライベート的なことですのでここでは記載できませんが、これまたびっくりです。
でも草場さんはPCとHDDがなくなったことが解ってそれどころではなくなり、警察に連絡するやら、会社に内緒でナイジェリアに来ているわけですからどうしていいかわからず、それこそ本当に・・でもしかねない状況に追い込まれたのです。ちなみにPCは会社のサーバーに入り込めるPCだったのです。被害届を出しても、会社に嘘をつくわけにもいかず、結局特別なお祈りとTV出演は断念したわけです。ちなみに犯人は逮捕、でもPCは見つからなかったそうです。犯人は女性で、PCなどは川に捨てた。と白状し、部屋を捜索したら、盗んだ他のPCなどが一杯出てきたそうです。
でも王さんは見事にTBジョシア牧師から思い悩んでいる過去のことを言い当てられ、世界中に放映されている生放送で証をされました。世界の王さん、正に名前のごとく世界中に王さんの放送が配信されたわけです。
そこまでは「王さんで始まり王さんで終わる旅行」、なのかなと思っていました。
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6、ガーナでの冒険
ところが、今回の旅行の本当の目的地はガーナだったのです。ガーナのマフィアと日本人レゴスマンとの戦いだったのです。その方はTさんと言いますが、クリスチャンを馬鹿にして飛行機内でも「アーメンソーメンなんか信じられるか!!礼拝なんか絶対に参加しない、礼拝の時間、私は頭が痛くなることにしているんだ!」と言って、その通り礼拝に参加しませんでした。
ところが当日 本当にTさんは頭が痛くなったのです。私たちが礼拝に参加している時にTさんが礼拝に参加したので驚きました。
ナイジェリアの女性が、折角ナイジェリアの教会に来ているわけだから、参加した方が良いと言ってTさんを部屋に呼びに行ったようです。
丁度そのタイミングでTBジョシュア牧師の癒しのミニストーリーが始まったのです。各人が癒してほしい事を紙に書きました。
A3サイズくらいの紙に英語でお願い事を書くわけです。
私も書きました。私はビジネスブレイクだけでした。ミスターレゴスマンことTさんは
多分頭痛の癒しとガーナのマフィアとの対決を書かれていたと思います。佐々木先生が何を書かれたかは皆さん興味がお有りでしょうが、残念ながら私は見る余裕すら有りませんでした。
そして、それぞれの個人の癒しの時間が始まったのです。大変な数でした。色んな病気の癒されたい気持ちの方たちの集団でした。外傷を負われている方、元警察高級官僚で足腰が立たなくなった方もいました。最初 人の癒しを見ていました。それが何とその癒しによって自分の足で歩かれたのです。TVカメラマンはずっと画像を取り続けていました。私たちはたまたまVIP待遇でしたので目の前でそれを見る事が出来ました。私にとってはクリスマスの佐々木先生から癒して頂いて以来、すぐにその実体験を見る事が出来た訳です。
今度は、先生も草場さんも私も、そしてミスターレゴスマンことTさんも癒しを受けたのです。もう一人佐藤さんと言う方も一緒に日本から行かれていたのですが、その状況を見て何が恐くなったのか、「私はこの場から逃げ出して部屋に戻りたい」っておっしゃいました。大丈夫だから。と言って引きとめはしましたが内心恐かったのでしょうね。
それ程 強烈、衝撃的だったのですから
それはそうですよね。過去を全て見抜かれ、体内のサタンを追い出しているわけですから。
先ず草場さん・・バタンと倒れて転げまわっていました。日本人で最初でした。(実はその間にPC等を盗まれていたわけです)私はそれを見てびっくりしました。
皆さん気になられると思いますが、佐々木先生が一番気になるところでした。
何と佐々木先生までもが目を回して倒れられたのです。
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無理やりにひきとめた佐藤さんも倒れ、私も変な空間に入り込んで一瞬何も分からずに倒れてしまいました。王さんも同じです。ところがミスターレゴスマンことTさんはその時もまだ俺は倒れる訳が無い(まだイエス様を信じていないわけですから)と思って足を開いて構えていたのです。ところがあっさりと倒れちゃったのです。倒れたあとは目がおかしくなっていました。サタンが体内から出て行ったのです。なんとあれほど痛がっていた頭痛も消えてなくなってしまいました。絶対に倒れないぞとがんばっていたのに、一番激しく倒れてしかも転げまわっていました。まっすぐな性格のミスターレゴスマンことTさんはいきなり「私はイエス様を信じます!!」って言ったのです。
これには佐々木先生始め皆が驚きました。
何と「アーメンソーメン」が、いきなり僅か一日でクリスチャンになったわけです。これを実体験した私は改めてイエス様の力のものすごさを知りました。
まだまだサタンの小さな攻撃が有りました。草場さんのPCが無くなったのもそうですが、何と王さんの携帯電話も盗まれたのです。
しかも、佐々木先生に至っては携帯電話は、あるけど画面が突然映らなくなったのです。画像がでない携帯電話って不便と言うより、全く使えないのですね。電話は鳴っているけど相手が誰だかわからない。
その日から佐々木先生は日本では「行方不明者」になってしまったのです。その代わり私に佐々木先生の連絡が入るようになってしまい、アフリカであれほど携帯電話を使って、メールを送ることになるとは思いましませんでした。
よりによって、82の国番号からもかかってきます。韓国からだったのですが、そのまま韓国から日本経由でアフリカにかかってきた電話をとれば金額がいくらになるかを考えると計算するのも恐ろしく、私も着信拒否にしてしまいました。PCは接続できないし、携帯電話も使えない・・ところがこれは神様がそうしてくれたのだと思いました。どうしようもないわけですから、仕事とはオサラバです。インターネットもノーダイジョウブ。「行方不明者」続出です。
余談になりましたが、礼拝が丸一日夜中まで続いて、ベッドに入ったのは朝方の4時過ぎです。殆ど寝ないまま、いよいよガーナへ出発です。その時点でも私はガーナに行く本来の目的を知りませんでした。
朝早い6時には教会を出て空港に向かいました。ガーナに向かったのは先生、ミスターレゴスマンことTさん、それにジョンバッサ大統領、それになぜか私です。ガーナチョコレートのガーナです。お土産の気分で向かいました。ところがアクラ空港に着いた途端向かった先は、どういうわけかガーナ警察なのです。なんでも、Tさんの巨額の資金を返さないガーナのマフィアとの戦いのための打合せを警察に協力してもらってするそうです。
すごくきれいなリゾート地って感じでした。さわやかな風はふいているし、まるでハワイのようでした。
11
本物のオバマ大統領が訪れた国です。ナイジェリアとは全く違った国でした。ナイジェリアの方がお金持ちの国って聞いていましたが、どう見てもガーナの方がはるかにお金持ちの国でした。しかし、警察へ。日本で言う警視庁です。本部に行ったわけです。
それから、警視総監の指令で、いよいよマフィアのボスを逮捕するための作戦実行です。
ミスターレゴスマンことTさんの記憶を元に、まずマフィアのオフィスを偵察に行きました。ここで初めてガーナ行きの目的が私にわかりました。ミスターレゴスマンことTさんの資金をマフィアから取り戻す作戦だったのです。
私は車のワゴンのまるで囚人が乗せられているような後部座席に座っていました。目の前は網が張ってあり、どうみても犯罪者扱いです。私の目の前にはジョンバッサ大統領と刑事が座っていました。狭い椅子?鉄板の上です。そこに座って延々1時間以上を走ってマフィアのアジト探しに行ったのです。
前を見れば後部座席との間に網があって目がクラクラするし、後ろを見れば逆方向に向かっているわけですから、私は車酔いしてしまい、いつ吐いてもおかしくない状況になってしまいました。 結局アジトは見つからず、一旦警察に戻ってきました。
ところが、今度は警察の方で目を付けているアジトがあるから再度偵察に行こうと言うことになりました。さすがに私も参りました。しかし「こんな経験は二度とできない」と思いました。佐々木先生は私に気を使って「オバマさんは、警察で待機していていいよ」っておっしゃってくれましたが、ここはパウロ、「いいえ私も行きます!」と気合だけで一緒に行きました。
酔いは絶好調?戻すに戻せない苦しい状況で生汗をかいていました。そこでもアジトは見つからず、また警察署に戻ってきました。時間はもう夜です。警察に着くと私はゲボを吐くためにトイレに駆け込みました。
警察の中なのにトイレが汚いって最高です。頭まで痛くなり、食欲はゼロ。そして警察に到着したら、次のマフィア逮捕のシナリオができていたのです。
まず、マフィアのボスを呼び出そうと言うことになったのです。
しかも私たちが宿泊しているホテルです。呼び出す前にミスターレゴスマンTさんが
ボスに電話しました。
「明日の朝、アフリカンウェストホテルに9時に来い!」。いい加減な英語ですが、言葉使いの強さはさすが日本のレゴスマンと思いました。それはガーナ警察が作ったシナリオです。でも考えてみれば宿泊しているホテル名を教えた訳ですから、相手はマフィア、会う約束は翌日ですが当然、すぐに下調べにホテルに来るはずです。
ホテルのフロントに誰が来ても・・日本人は宿泊していない・・と伝えるように頼んで、我々は静かに部屋で忍んでいました。何度もTさんの携帯に電話が入っていましたからマフィアがすぐにホテルに確認に向かっていたのは確かだと思います。
先生と私は「ここまで来たのだから、残って死んでも最後まで戦おう!」と悲壮な決意でした。 12
ところがイエス様が守ってくれたのです。予定通りのフライトで帰らないと、帰ってからの韓国に行けなくなってしまうのです。
でも残っていれば私はマフィアの人質になり、佐々木先生はマフィアたちと警察部隊との銃撃戦のまっただ中に巻き込まれる計画だったのです。
先生と私が帰ってしまうわけですから、行け行けだったミスターレゴスマンTさんも恐くなって作戦は失敗に終わったようです。でも今は引き続いてジョンバッサ大統領がやっています。ジョンさんの会社名はWAOです。正にワオー!です。そんなわけでガーナを後にすることになったのです。
そう言えば、ナイジェリアの二日目でしたか、私が蚊に刺されたのです。先生は笑っていました。ところがその5分もしないうちに先生もズボンの上から刺されちゃったのです。笑いましたね。
しかもイエス様を信じている先生が持参されていた薬の量は半端ではなかったですよ。言い訳がましく奥さんが準備したものだとおっしゃってましたが、どうもあの機関銃奥様からは想像できません。この1週間で色んな事が起こりました。サタンの攻撃もありました。
しかしイエス様に守られて無事帰国して、韓国にも行ってきました。
楽しい経験をしました。ナイジェリアは日本を必要としています。日本の技術をもってすればいくらでも発展します。治安も良くなるでしょう。
あれほどの国をほったらかしにするのはもったいないです。日本の若者を大勢アフリカに送り込みましょう。そこでコンビニやったり、スーパーやったり、バスでも中古でも輸出すればいいのです。まさに 少年よ大志を抱け!です。夢を大きく持てる国です。日本には多くの若者が失業しています。アフリカで事業をやりましょう。最初はトラブルがあるかもしれません。しかし今こそ日本が、そしてそれ以上に日本のクリスチャンが働く時なのです。
私も行きます。日本と資源の国 ナイジェリアを繋ぎましょう。
書けばまだまだハプニングがありますが、今回はこれでアフリカ訪問の報告とします。
イエス様の御名によって守られて無事に帰ってくることが出来たのと、すばらしい体験をさせて頂いたことに感謝します。特に現地でのジョンバッサできの働きは凄かったですよ。
5月にはタンザニアからジョセファット・ガジマ先生が来日されることになっています。なんとすでに180人以上の死人を生き返らせた牧師です。ぜひ我々もアフリカに乗り込みましょう!!!
2010年は大変な事が起きるときです。
13
覚えてらっしゃいますか?今年2月1日の東京は大雪でした。
その夜、私はジョンバッサさんと佐々木先生、オバセキさんと都ホテルシェラトンで夕食を共にしました。まさに先生がアンダーソン事務所を辞めて独立した初日です。突然天から大雪が降ってきました。
ホテルから見る美しい雪景色は夢を見るように綺麗な景色でした。
これは佐々木先生への天からのスペシャルプレゼントだったのです。
この時間を共に居ることができて感謝します。
先生としばらく白銀の別世界を見入っていました。・・・・・・・・・・・・・・・
2010年3月 PAUL OBAMA 敏雄
画像を見られたい方は下記までメール送って頂ければメールにて配信いたします。
プレミア画像かも・・・
paul.obama@smail.plala.or.jp
Don’t Worry !! Yes we can ! Never Give Up !
14
1 は 省略しました
2
2、アフリカへ行こう!
アフリカ体験談です。
皆さんもご存知のように佐々木先生は今年一月をもってアンダーソン毛利・友常法律事務所から「鷲のように」飛び立たれました。
私は実は昨年7月頃にアフリカに行くと言われて、黄熱病予防ワクチンを接種していました。
私は東京の検疫所が予約ですぐにできなかったものですから、わざわざ費用掛けて広島まで行き接種を受けてイエローカードを取得したのです。
ところが中々アフリカに行く時期が来ません。予防ワクチンは接種したものの、このまま永遠にアフリカには行かないのではないかと思っていました。
ワクチンを接種するときに面白い話が有ります。(実はこの事は先生から許可を頂きましたので特別に皆さんにお教えします)
それは先生がイエス様ではないんだと思い始めたきっかけでした。
何とその「ワクチン接種が恐い」と先生はおっしゃったのです。
前日なんか「恐くて眠れない」と言う連絡も有りました。
私の方が「先生 安心してお休みください!」・・って言ったほどです。
先生の友人で黄熱病の予防ワクチンを接種して病気になった方がいらっしゃるそうで、
そのことで心配されていたのです。
日ごろは「イエス様を信じなさい!」って私にいつもおっしゃっている先生が、注射が恐い。 これには私も笑いました。可愛いなって思ったくらいでした。
アフリカにはいつ行くのかも解らないまま、数か月時がたち、いきなり先生から連絡が有ったのです。41年も勤めた法律事務所を退職すると言うのです。
これには驚きました。「ワシは鷲のように大空に飛び立つんだ!」っておっしゃいました。
イエス様がそうしなさいとイエス様命令が出たのです。
アンダーソンという鳥籠の中から飛び出たわけですから、「ワシは鷲のように早速アフリカに飛びます!」と言うのです。「そうですか。それでは先生 十分気をつけて行ってくださいね!」って返事しましたら、「オバマさんも行くんだよ!」って言われて、それもびっくりです。
一体何をしに行くのか、アフリカの何処に行くのか知りませんでした。なんでも「守秘義務」があるとか。
でも結局は 皆さんのご期待通り 私は先生を無事に帰国させるボディーガード役だったのです。何人のか方からも言われました。「先生だけは無事に帰してね」って。これはかなりのショックでしたが、まあ器が違うし、「日本のオバマ」だから当然と言えば当然です。
3
3、サタンの攻撃
いよいよ2月10日、アフリカに行く前日です。大久保で集会がありました。
僕もそれに参加することになっていましたので、上野から大久保に向かおうと思い、山手線に乗りました。外は冷たい雨が降っていました。その辺から先生にも異変が起きていたのです。私は上野から大久保に向かうわけですから、普通に秋葉原から中央快速で向かえば20分もあれば到着できたのです。ところがなぜか巣鴨に着いていました。あわてて気付いて反対方向の電車に乗り秋葉原まで戻ったのです。
先生に「すみません。待ち合わせ時間に遅れます!」って 連絡しました。
冷静に考えれば巣鴨から新宿はすぐですよね。引き返すことも無かったのです。先生は笑って、「オバマさん、馬鹿な事をしているなー」って思っていたそうです。ところがなんとその同じ時に佐々木先生は四谷から反対方向の飯田橋への電車に乗られていたのです。
今度は先生からメールが来ました。「私も間違えて反対方向に乗ってしまったので遅くなる・・」と。
しかも階段から落ちそうになり足は捻挫、倒れたところの頭のすぐそばを車が走ったとおっしゃるのです。それにはびっくりしました。それがアフリカ行きの前日の出来事なのです。 サタンの攻撃の始まりか・・・・
でも無事に打合せも終わり、先生と笑いながらその日は帰りました。
羽田、関西空港、ドーハ経由でナイジェリアのラゴス行きだったのですが、先生が出発当日になって黄熱病予防接種のイエローカードをなくしたとおっしゃったのです。イエローカードがなければ今回の本来の目的地ガーナには入国できません。先生は羽田からあわててタクシーでイエローカードの再発行に向かわれました。羽田からお台場の東京検疫所までまるで鷲のような速さです。
間に合ったのです。 その辺から本当にサタンの攻撃が始まっていたのですね。
でもイエス様が救ってくれたのです。神様の計画だったのでしょう。
あわや主人公無しの旅は中止になるところでした。
と言いながらも、私と先生は野次喜多道中の始まりでもあったわけです。
関西空港に着いたら先生が海外旅行保険に入らなければいけないとおっしゃるのです。
それが奥様から今回の旅行をお許し頂ける条件だったのです。笑っちゃいましたよ。
万が一、事故がお金が残る。どこかで聞いた事のあるような・・・・(2行下記)
保険金があればとりあえずの生活はできる。奥様はそう判断されたのでしょうね(^-^)
私もつられて生まれて初めて海外旅行保険とやらに入りました。
4
なぜか王さんと言う同行された中国人女性も保険に入られました。
ところがその王さんは肝心な日程を間違えて入られたのです。一番大事な帰りの日を保険期間に入れてなかったのです。私も日程は知りませんでした。当日になって帰国日がいつかを知ったくらいでしたから。しかも何処に宿泊するのか、何処経由で行くのかも知りませんでした。ドバイ経由だと思って楽しみにしていましたら、ドバイではなくサッカーワールドカップの「ドーハの悲劇」で有名なドーハだったのです。
ちなみにアフリカは蚊が多くマラリアにかかる可能性があるとのことで、先生はちゃっかり薬を八重洲の病院で取得されたのです。
私には「イエス様が守ってくれるから大丈夫だよ」っておっしゃっていた先生が、マラリアの予防薬をもらわれていたのです。私の分はありません。お医者さんが「危険な薬だから本人じゃないと渡せない」とのことです。私は予防薬を受け取りに行く時間もなく「マラリアなんかイエス様が守ってくれる!」と信じるほかなく、私こそが本気で信じて出発したのです。
そんな事がありましたが、いよいよ出発です。 私と先生は隣の席で、ヤジキタコンビが始まっていました。航空会社はカタール航空、立派な綺麗なエアー300でした。飛び立って、先ず出てきたのが食事のメニューです。
一人一人にメニューが配られて、それを見ると、まるでファーストクラスのメニューじゃないですか。さすが石油成り金の金持ち国のカタール航空だと思いました。
ステーキあり、和食あり、それに、デザート、ワイン付きです!どれを食べても食べきれない豪華メニューでした。私はステーキを選び、先生は和食を選び、ルンルン殿様旅行気分です。ところが出てきたごちそうは、なんと小さい「軍人さん弁当」???
アルミ箔のいつもと同じ弁当でメニューと見比べました。確かにステーキは入っていましたが、アルミの弁当箱の中のご飯の上に小さなステーキがちょこんと乗っかっているだけ。
確かにステーキでしたがあれはメニューとは段違い。
ところがメニューの下の方に免責事項が書いてあったのです。
「ご希望に沿えない場合があります」って・・これには笑っちゃいました。
全然ご希望に沿えていません!そうだこれはビジネスでも役に立つと思いましたね。
* 契約書をしっかり作って、下の方に小さい字で「ご希望に沿えない場合があります」
これはいいですね。見る目的が違うわけですから、最初はその文章に気付きませんでした。
内容が余りにも違ったからその免責事項に気付いたのです。
先生と私は大笑い!!そんな冗談を言いながらあっという間にカタールのドーハ空港に着いたのです。でも10時間以上のフライトでしたからドーハに着いた時にはすでにお疲れモード、トランジットのため待ち時間が少しあったのですが、なだれ込むようにベンチに座り込んでしまいました。綺麗な空港だったような気がしますが、すでに時差ボケも始まっていてショッピングにも行く気がしません。
5
記念写真だけはしっかり撮って、ナイジェリアのラゴスに向かいました。
同じカタール航空(メニューは最後のページをご覧ください)のメニューが手渡されましたが、もう期待はしません。案の定、内容は同じ免責有りメニューです。しかも、ドーハからは、免責事項の下に
(この食事は・・・教の教えに則って調理されています。)(メニュー2ページ目)
何と クリスチャンは・・・教まで喰っちゃったのです!!ハレルヤ !!
先生は爆睡モード。私は先生から頂いた「聖書を読んだサムライたち」が面白くて夢中で読んでいました。
4、アフリカ到着
ようやく ナイジェリアのラゴス空港に着きました。ドーハまではイギリスに行く青年たちや、ローマに行く女性たちで日本人がいっぱいいましたが、ラゴスに行く日本人は我々だけ。後は殆どが六本木で見かける真っ黒い人ばかり。とても異様な雰囲気でした。
ラゴス空港(正式名は忘れました)。それは汚くて、汚くて、免税店どころか、トイレも何処にあるのか解りません。
イミグレーションはアナログ状態。まずそこで王さんがサタン攻撃を受けたのです。
急がば回れと言いますが、お疲れだったのでしょう。
私と先生は階段を下りたのですが、王さんはエスカレーターに乗ったのです。
やはりラゴス空港ですね。そのエスカレーターに大勢の人が乗ったものですから重量オーバーで急に止まったのです。止まっただけなら良かったのですが、また急に動き始め、そしてまた止まり、また動きました。その動きでエスカレーターに乗っていた方たちはものの見事にエスカレーターで将棋倒しになったのです。
その一番下に居たのが王さんだったのです。エスカレーターに髪は挟まっているようですし、スラックスも少しは挟まって、先生と私は現場を見ることはできましたが、遠すぎて助けにいくことができません。王さん本人は顔色は変って「たすけてー!たすけてー!」と大声で叫んでいました。
顔色は真っ青になってそういう事故をまさかラゴス空港で遭遇するなんて・・・
しかし周りにいた人たちが王さんを助けてくれて、怪我はされましたが最小限で収まったのです。救護隊もやって来ました。(ところが久しぶりに4月11日の祈祷会で王さんにお会いしましたが、まだ傷は癒されていませんでした。)
でも王さんはさすが中国人、強いです。助かった後はけろっとして、笑っていました。
そんなこともあり空港を出たのは一時間以上経ってからでした。荷物も無事着くかどうか気になっていましたが関西空港からちゃんと届いていました。ようやく空港を出たらもう異様な雰囲気です。
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すでにドーハからの機内も異様な雰囲気でしたが、空港に着いたらこれがまさしくアフリカ、いきなり目にしたのは銃持ったポリスばかり。しかも戦闘服。
ところが、そこは型破りのミスターOBAMA!!ちゃっかり そのポリスさんと記念撮影、佐々木先生も記念撮影。意外と簡単にポリスさん達が記念撮影をOKしてくれました。しかも恐いはずのポリスが笑顔で(画像が有りますよ。・・プレミア)
ようやく、迎えに来てくれていたジョンバッサさんの奥様達と一緒にキリスト教会内の宿泊施設に向かいました。ジョンバッサ大統領(註、日本滞在歴十年のジョンバッサさんは、六年後のナイジェリア大統領選挙に出馬する予定。ニックネームは大統領)の手配ですね。
記念撮影した戦闘服姿のポリスのパトカー先導です。その時点で気持ちはVIPです。
ガタガタ道をパトカー先導で1時間も走ったでしょうか。ところが、途中にそれらしき建物は全く無く、殆どが屋台・・・・
あれはスーパーマーケット、あれはドラッグストア、あるいは洋服店、でも全てが露天商ばかり。段々 どんなところに宿泊するのだろうか・・と心配、不安になってきました。
ところが着いた教会は官公所顔負けの大きな建物です。入口にSPがいて鉄城門が有り、
中は別世界でした。そこに着くまでの景色とは全く違った場所でした。宿泊施設まである教会でその施設はホテルのようで、部屋が沢山あり、リビングもそれぞれの部屋にあり、その一部屋ごとに中に個室があって、その個室一部屋ごとにトイレ、シャワーが付いているのです。モスキトーなんか殆どいません。エアコンはばっちり。
それでも残念ながら、」唯一できなかったのがインターネット。それに出てくるシャワーが水。先生に至ってはシャンプーを忘れたとかで私がプレゼント。私は固形せっけんシャンプーしたせいか、ガサガサ頭に、ドライヤーも無く髪の毛は 爆発状態
その他は申し分ありませんでした。各人が自分の部屋に分かれて寛ぎ始めたところ、またもや王さん事件です。持ってきたトランクが「自分のと違うわ!」って言うのです。
王さが他人のトランクを勝手に間違えて持ってきたのです。くつろぐ暇もなく王さんと、オバセキさん、それにジョンバッサ大統領の奥さんは空港に引き返しました。
片道1時間かけて間違えた荷物を受け取りに行くわけですから大変です。
3時間も経った頃でしょうか。荷物と共に帰ってきました。エスカレーター事故があり、荷物間違いがあり、まさに王さんデーでした。その日の夜はスケジュールがなく、ほとんどの人が部屋に閉じこもったり、一つの部屋に集まってぐったりとビデオを見たりして寛ぎました。
私はネットができないため何とかできないかと思って尋ねてみたら、教会内に放送局があるので、そこに行けばネットが使えるかもしれないとのことで、迷路みたいなところを通り、ようやくエマニエルTVの放送局に着きました。
7
ところが不思議なことにマイクロソフトでのメールは使えず、G(グーグル)メールのみ・・・ナイジェリアに行く前に ミスターレゴスマン(註、アフリカでは「ラゴス」を「レゴス」と発音する。レゴスのナイジェリア人は狡猾で強暴であると言われ、「レゴスマン」と聞いただけでみんなに恐れられている)こと日本人のTさん、ナイジェリア人の オバセキさんにネット環境について聞いたら「ダイジョウブ!ダイジョウブ!!」との事なので安心していましたが、何の事はない、ノーダイジョウブでした。
これは神様がイエス様のことだけをしなさいと導かれているのだと自分で勝手に解釈して、諦めることにしました。ところがもともと不眠症の私は、本ばかり読んで、お陰でもっていった本は全て読み終えてしまいました。
5、日曜礼拝での奇跡
翌日、日曜礼拝があり何とVIP待遇での礼拝参加をする事ができました。
1万5千人以上が教会内に、そして外にいる人たちを足せば2万人以上の人たちが集まっているではありませんか!!
私たちが参加した時には既に礼拝は始まっていて、1万5千人(教会内)の人の前で
一人のお年寄りのアフリカ人が妙な踊りを踊っていました。 一人だけで踊っているので目立っていました。
しかもVIP席の前でマイケルジャクソン顔負けの踊りをしていたのです。
全員がその踊りを見ていました。ところがなぜか私も踊りたくなって、その踊っている人の処へ導かれるままに行っちゃったのです。
同行していた佐藤さんと言う方は僕がそこに行くような雰囲気があったと言ってハラハラしていた。と言っていました。ところが有ろうことかそれをやっちゃったのです !!
逆に行かなければ良いけど・・と思ってもいたそうです。
非常に目立ったと思います。日本人だけで比べると浅黒い僕ですがさすがに真っ黒いアフリカ人に比べれば明らかに白い!!
ところがその僕が真っ黒い人たちの前で踊り始めたのですから(^-^)
皆、アフリカ人が拍手大喝さいです。ところがふと、その喝采で我に気付いて急に恥ずかしくなって、佐々木先生を引っ張り出しました。そこで何と 先生も大観衆の前で踊り始めたのです。先生ってもちろん「姓はドント!名はウォーリー!」の佐々木先生です。とてもいい笑顔でした。あんな解放されてあの笑顔を見たことがありません。ガーナでの銃撃戦のことも忘れていました。 僕がマフィアの人質になる計画すら知るはずがありません。
それに草場さんまでが踊りました・・あの真面目で堅い草場さんです。実は会社からはナイジェリアは危険国だから行ってはいけない。
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と言う指示が出ていたらしいのですが、先生がナイジェリアに行かれることになり、内緒で合流されたのです。あとで解ったのですが、踊っていた場所はアフリカの政治家や政府高官たちのVIPメンバーの前で、しかもそれも知らずにそのVIP全員と握手してきました。先生も、そして草場さんもが です。まさにハレルヤ!!!
まだまだ踊りたかったのですが、教会の役員に注意されて途中で止めさせられちゃいました。でも1万5千人の前で、しかも全世界で放送されているテレビの前で踊ったのですから凄いですよね。・・・どうも私の型破りは本物のようです。・・・
(実は帰国後 韓国に行ったのですが、以前は韓国の教会は凄いな、大きいな、熱心だな・・と思っていましたが、ナイジェリアに行ってからは韓国っておとなしいなって思うようになりましたし、その中でも日本の小ささに情けなさすら感じるようになりました。)
我々のスペシャルダンスの後は、今度はオーケストラの音楽に合わせて2時間近く、全員がその場所で踊っているのです。1万5千人の真っ黒い人たちが一斉に踊るのは壮観です。礼拝が踊りからスタートするのです。その後、礼拝が始まりました。そしてTBジョシュア牧師のメッセージと祈りです。延々と続いて終わったのは夜中の11時ごろです。
その礼拝が毎週日曜日、何と12時間以上の礼拝が行われているのです。
ナイジェリアは今日も日曜日ですが今の時間も礼拝がおこなわれています。
そこで第二の事件が起こりました。その礼拝中に部屋に置いていた草場さんのPC、HDDが盗まれたのです。
礼拝で草場さんはTBジョシュア牧師から、「あなたには・・の霊が付いている!」と言われてびっくりしていました。
それで改めて個人的にTV放送で証と癒しをしてもらうことになっていたのです。
王さんもそうです。「あなたは過去のことで思い悩んでいる。あなたがうらんでいる人を許しなさい!」・・そう宣言されました。
内容はプライベート的なことですのでここでは記載できませんが、これまたびっくりです。
でも草場さんはPCとHDDがなくなったことが解ってそれどころではなくなり、警察に連絡するやら、会社に内緒でナイジェリアに来ているわけですからどうしていいかわからず、それこそ本当に・・でもしかねない状況に追い込まれたのです。ちなみにPCは会社のサーバーに入り込めるPCだったのです。被害届を出しても、会社に嘘をつくわけにもいかず、結局特別なお祈りとTV出演は断念したわけです。ちなみに犯人は逮捕、でもPCは見つからなかったそうです。犯人は女性で、PCなどは川に捨てた。と白状し、部屋を捜索したら、盗んだ他のPCなどが一杯出てきたそうです。
でも王さんは見事にTBジョシア牧師から思い悩んでいる過去のことを言い当てられ、世界中に放映されている生放送で証をされました。世界の王さん、正に名前のごとく世界中に王さんの放送が配信されたわけです。
そこまでは「王さんで始まり王さんで終わる旅行」、なのかなと思っていました。
9
6、ガーナでの冒険
ところが、今回の旅行の本当の目的地はガーナだったのです。ガーナのマフィアと日本人レゴスマンとの戦いだったのです。その方はTさんと言いますが、クリスチャンを馬鹿にして飛行機内でも「アーメンソーメンなんか信じられるか!!礼拝なんか絶対に参加しない、礼拝の時間、私は頭が痛くなることにしているんだ!」と言って、その通り礼拝に参加しませんでした。
ところが当日 本当にTさんは頭が痛くなったのです。私たちが礼拝に参加している時にTさんが礼拝に参加したので驚きました。
ナイジェリアの女性が、折角ナイジェリアの教会に来ているわけだから、参加した方が良いと言ってTさんを部屋に呼びに行ったようです。
丁度そのタイミングでTBジョシュア牧師の癒しのミニストーリーが始まったのです。各人が癒してほしい事を紙に書きました。
A3サイズくらいの紙に英語でお願い事を書くわけです。
私も書きました。私はビジネスブレイクだけでした。ミスターレゴスマンことTさんは
多分頭痛の癒しとガーナのマフィアとの対決を書かれていたと思います。佐々木先生が何を書かれたかは皆さん興味がお有りでしょうが、残念ながら私は見る余裕すら有りませんでした。
そして、それぞれの個人の癒しの時間が始まったのです。大変な数でした。色んな病気の癒されたい気持ちの方たちの集団でした。外傷を負われている方、元警察高級官僚で足腰が立たなくなった方もいました。最初 人の癒しを見ていました。それが何とその癒しによって自分の足で歩かれたのです。TVカメラマンはずっと画像を取り続けていました。私たちはたまたまVIP待遇でしたので目の前でそれを見る事が出来ました。私にとってはクリスマスの佐々木先生から癒して頂いて以来、すぐにその実体験を見る事が出来た訳です。
今度は、先生も草場さんも私も、そしてミスターレゴスマンことTさんも癒しを受けたのです。もう一人佐藤さんと言う方も一緒に日本から行かれていたのですが、その状況を見て何が恐くなったのか、「私はこの場から逃げ出して部屋に戻りたい」っておっしゃいました。大丈夫だから。と言って引きとめはしましたが内心恐かったのでしょうね。
それ程 強烈、衝撃的だったのですから
それはそうですよね。過去を全て見抜かれ、体内のサタンを追い出しているわけですから。
先ず草場さん・・バタンと倒れて転げまわっていました。日本人で最初でした。(実はその間にPC等を盗まれていたわけです)私はそれを見てびっくりしました。
皆さん気になられると思いますが、佐々木先生が一番気になるところでした。
何と佐々木先生までもが目を回して倒れられたのです。
10
無理やりにひきとめた佐藤さんも倒れ、私も変な空間に入り込んで一瞬何も分からずに倒れてしまいました。王さんも同じです。ところがミスターレゴスマンことTさんはその時もまだ俺は倒れる訳が無い(まだイエス様を信じていないわけですから)と思って足を開いて構えていたのです。ところがあっさりと倒れちゃったのです。倒れたあとは目がおかしくなっていました。サタンが体内から出て行ったのです。なんとあれほど痛がっていた頭痛も消えてなくなってしまいました。絶対に倒れないぞとがんばっていたのに、一番激しく倒れてしかも転げまわっていました。まっすぐな性格のミスターレゴスマンことTさんはいきなり「私はイエス様を信じます!!」って言ったのです。
これには佐々木先生始め皆が驚きました。
何と「アーメンソーメン」が、いきなり僅か一日でクリスチャンになったわけです。これを実体験した私は改めてイエス様の力のものすごさを知りました。
まだまだサタンの小さな攻撃が有りました。草場さんのPCが無くなったのもそうですが、何と王さんの携帯電話も盗まれたのです。
しかも、佐々木先生に至っては携帯電話は、あるけど画面が突然映らなくなったのです。画像がでない携帯電話って不便と言うより、全く使えないのですね。電話は鳴っているけど相手が誰だかわからない。
その日から佐々木先生は日本では「行方不明者」になってしまったのです。その代わり私に佐々木先生の連絡が入るようになってしまい、アフリカであれほど携帯電話を使って、メールを送ることになるとは思いましませんでした。
よりによって、82の国番号からもかかってきます。韓国からだったのですが、そのまま韓国から日本経由でアフリカにかかってきた電話をとれば金額がいくらになるかを考えると計算するのも恐ろしく、私も着信拒否にしてしまいました。PCは接続できないし、携帯電話も使えない・・ところがこれは神様がそうしてくれたのだと思いました。どうしようもないわけですから、仕事とはオサラバです。インターネットもノーダイジョウブ。「行方不明者」続出です。
余談になりましたが、礼拝が丸一日夜中まで続いて、ベッドに入ったのは朝方の4時過ぎです。殆ど寝ないまま、いよいよガーナへ出発です。その時点でも私はガーナに行く本来の目的を知りませんでした。
朝早い6時には教会を出て空港に向かいました。ガーナに向かったのは先生、ミスターレゴスマンことTさん、それにジョンバッサ大統領、それになぜか私です。ガーナチョコレートのガーナです。お土産の気分で向かいました。ところがアクラ空港に着いた途端向かった先は、どういうわけかガーナ警察なのです。なんでも、Tさんの巨額の資金を返さないガーナのマフィアとの戦いのための打合せを警察に協力してもらってするそうです。
すごくきれいなリゾート地って感じでした。さわやかな風はふいているし、まるでハワイのようでした。
11
本物のオバマ大統領が訪れた国です。ナイジェリアとは全く違った国でした。ナイジェリアの方がお金持ちの国って聞いていましたが、どう見てもガーナの方がはるかにお金持ちの国でした。しかし、警察へ。日本で言う警視庁です。本部に行ったわけです。
それから、警視総監の指令で、いよいよマフィアのボスを逮捕するための作戦実行です。
ミスターレゴスマンことTさんの記憶を元に、まずマフィアのオフィスを偵察に行きました。ここで初めてガーナ行きの目的が私にわかりました。ミスターレゴスマンことTさんの資金をマフィアから取り戻す作戦だったのです。
私は車のワゴンのまるで囚人が乗せられているような後部座席に座っていました。目の前は網が張ってあり、どうみても犯罪者扱いです。私の目の前にはジョンバッサ大統領と刑事が座っていました。狭い椅子?鉄板の上です。そこに座って延々1時間以上を走ってマフィアのアジト探しに行ったのです。
前を見れば後部座席との間に網があって目がクラクラするし、後ろを見れば逆方向に向かっているわけですから、私は車酔いしてしまい、いつ吐いてもおかしくない状況になってしまいました。 結局アジトは見つからず、一旦警察に戻ってきました。
ところが、今度は警察の方で目を付けているアジトがあるから再度偵察に行こうと言うことになりました。さすがに私も参りました。しかし「こんな経験は二度とできない」と思いました。佐々木先生は私に気を使って「オバマさんは、警察で待機していていいよ」っておっしゃってくれましたが、ここはパウロ、「いいえ私も行きます!」と気合だけで一緒に行きました。
酔いは絶好調?戻すに戻せない苦しい状況で生汗をかいていました。そこでもアジトは見つからず、また警察署に戻ってきました。時間はもう夜です。警察に着くと私はゲボを吐くためにトイレに駆け込みました。
警察の中なのにトイレが汚いって最高です。頭まで痛くなり、食欲はゼロ。そして警察に到着したら、次のマフィア逮捕のシナリオができていたのです。
まず、マフィアのボスを呼び出そうと言うことになったのです。
しかも私たちが宿泊しているホテルです。呼び出す前にミスターレゴスマンTさんが
ボスに電話しました。
「明日の朝、アフリカンウェストホテルに9時に来い!」。いい加減な英語ですが、言葉使いの強さはさすが日本のレゴスマンと思いました。それはガーナ警察が作ったシナリオです。でも考えてみれば宿泊しているホテル名を教えた訳ですから、相手はマフィア、会う約束は翌日ですが当然、すぐに下調べにホテルに来るはずです。
ホテルのフロントに誰が来ても・・日本人は宿泊していない・・と伝えるように頼んで、我々は静かに部屋で忍んでいました。何度もTさんの携帯に電話が入っていましたからマフィアがすぐにホテルに確認に向かっていたのは確かだと思います。
先生と私は「ここまで来たのだから、残って死んでも最後まで戦おう!」と悲壮な決意でした。 12
ところがイエス様が守ってくれたのです。予定通りのフライトで帰らないと、帰ってからの韓国に行けなくなってしまうのです。
でも残っていれば私はマフィアの人質になり、佐々木先生はマフィアたちと警察部隊との銃撃戦のまっただ中に巻き込まれる計画だったのです。
先生と私が帰ってしまうわけですから、行け行けだったミスターレゴスマンTさんも恐くなって作戦は失敗に終わったようです。でも今は引き続いてジョンバッサ大統領がやっています。ジョンさんの会社名はWAOです。正にワオー!です。そんなわけでガーナを後にすることになったのです。
そう言えば、ナイジェリアの二日目でしたか、私が蚊に刺されたのです。先生は笑っていました。ところがその5分もしないうちに先生もズボンの上から刺されちゃったのです。笑いましたね。
しかもイエス様を信じている先生が持参されていた薬の量は半端ではなかったですよ。言い訳がましく奥さんが準備したものだとおっしゃってましたが、どうもあの機関銃奥様からは想像できません。この1週間で色んな事が起こりました。サタンの攻撃もありました。
しかしイエス様に守られて無事帰国して、韓国にも行ってきました。
楽しい経験をしました。ナイジェリアは日本を必要としています。日本の技術をもってすればいくらでも発展します。治安も良くなるでしょう。
あれほどの国をほったらかしにするのはもったいないです。日本の若者を大勢アフリカに送り込みましょう。そこでコンビニやったり、スーパーやったり、バスでも中古でも輸出すればいいのです。まさに 少年よ大志を抱け!です。夢を大きく持てる国です。日本には多くの若者が失業しています。アフリカで事業をやりましょう。最初はトラブルがあるかもしれません。しかし今こそ日本が、そしてそれ以上に日本のクリスチャンが働く時なのです。
私も行きます。日本と資源の国 ナイジェリアを繋ぎましょう。
書けばまだまだハプニングがありますが、今回はこれでアフリカ訪問の報告とします。
イエス様の御名によって守られて無事に帰ってくることが出来たのと、すばらしい体験をさせて頂いたことに感謝します。特に現地でのジョンバッサできの働きは凄かったですよ。
5月にはタンザニアからジョセファット・ガジマ先生が来日されることになっています。なんとすでに180人以上の死人を生き返らせた牧師です。ぜひ我々もアフリカに乗り込みましょう!!!
2010年は大変な事が起きるときです。
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覚えてらっしゃいますか?今年2月1日の東京は大雪でした。
その夜、私はジョンバッサさんと佐々木先生、オバセキさんと都ホテルシェラトンで夕食を共にしました。まさに先生がアンダーソン事務所を辞めて独立した初日です。突然天から大雪が降ってきました。
ホテルから見る美しい雪景色は夢を見るように綺麗な景色でした。
これは佐々木先生への天からのスペシャルプレゼントだったのです。
この時間を共に居ることができて感謝します。
先生としばらく白銀の別世界を見入っていました。・・・・・・・・・・・・・・・
2010年3月 PAUL OBAMA 敏雄
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プレミア画像かも・・・
paul.obama@smail.plala.or.jp
Don’t Worry !! Yes we can ! Never Give Up !
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Posted by OBAMA at 2011年05月18日 03:41
お付き合い ありがとうございました。続いて英文を書き込みします。
日本語分は禁止用語が含まれているため 一部(・・・)にしています。
それと 1 は 削除しました。
英文 翻訳にて 書き込みが長くてすみません
Carsickness Medicine is more effective that Malaria Pills in Africa
1. Prologue : I met Jesus Christ !
I met Jesus Christ on Christmas Eve 24th, Dec. 2009.
I know Jesus Christ is living, but I considered my best friend Mr. Abraham Sasaki, as Jesus in those days. All my friends often criticized me that I worshiped an idol because Jesus Christ is the only savior. It was natural that I was criticized by my friends, and I know my belief was wrong, but, at that time, I did really not know Jesus Christ.
As a new born Christian, I became engaged in mission work. I wanted to become like Mr. Sasaki, and I wanted to believe in Jesus Christ as Mr. Sasaki believed. In those days, I respected Mr. Sasaki so much that rather than mission work, what I really did was advertize Mr. Sasaki as a Christian leader.
However, I came to know Jesus Christ on Christmas Eve 2009 after a prayer meeting.
That night, I attended the prayer meeting with sunglasses, disguised myself with a lady’s party costume and painted my face black. Members of the prayer meeting stared at me, however, nobody could recognize me as Obama.
Actually, at the beginning of the prayer meeting, I was wearing an ordinary suit, but, when Pastor Kanno arrived, I went to his car, changed my costume and made up, then returned to the prayer meeting. Nobody noticed my change. The so-called Jesus Vending Pastor, Mr. Kanno, No.1 KY Pastor, also disguised himself. No, 1 Pastor in Japan also joined me to do such unconventional action. I respected his such brave action and I was impressed with this unique, tremendous, unordinary Pastor. However, other conservative members of the prayer meeting regarded our actions as stupid. (However, Mr. Sasaki, his nickname “Mr. Don’t Worry”, laughed at us and all our actions.)
After that prayer meeting, we had dinner at the restaurant “WATAMI” nearby. I was wearing my costume, but, at that time, I was also suffering from a toothache and seeing a dentist. I could not enjoy eating my dinner because of my dental problem and stayed in the corner of the room feeling depressed. Mr. & Mrs. Watanabe kindly served me a lot of food, but, all I could eat from the Sukiyaki dinner were the bean curds and a little of my favourite food. Although Mr. and Mrs. Watanabe were so kind, I was about to spend that Christmas dinner with feeling lonely. However, I was able to see the real Jesus Christ.
After leaving the WATAMI restaurant, while we are walking, Mr. Don’t Worry called me. “Come on Mr. Obama”, then, he said a healing prayer for my tooth on the road with his big voice. “In the name of Jesus, may the toothache of Obama be healed and remove this pain immediately” He put his hand on my head and prayed with big voice, while many people passed by on the road. I was astonished by his tremendously big voice. But, surprisingly, my toothache disappeared at that moment. Hallelujah !!
While walking from the OCC building to JR Ochanomizu station, I was healed.
“Believer is to be saved”, as I believed Mr. Don’t Worry, the spirit of Jesus Christ gave me Grace by healing my toothache. It was my first experience of the grace of Jesus.
I have heard of many stories of God’s healing powers, but, I did not expect to have such healing myself. And, it was my first experience of God’s healing. I was sure that Jesus came upon Mr. Won’t Worry and Jesus healed me through Mr. Sasaki.
But, I thought if I had been healed earlier, then, I could have eaten my delicious dinner and, I regret that the healing was made after dinner.
Maybe God punished me for my behavior, but, later healed me for my belief.
But I was so pleased with my healing, I sent an e-mail to Mr. Sasaki even from the train to show my thanks to him. At that time, I was still in my party lady’s costume with a black painted face. Other passengers in the train glanced at me, but, I sent mails also to my other friends. Since then, my toothache disappeared, thanks to God. If I did not see Jesus at that time, my experience in Africa would have been different.
This is a long prologue of this testimony for my trip to African.
2. Let’s go to AFRICA !
This is my testimony of our trip to Africa. As many people know, Mr. Abraham Sasaki, Mr. Don’t Worry, left his law firm “Anderson Mori and Tomotsune” last January and became independent, like an Eagle taking off. I was told by him in July 2009 that we will go to Africa, so, I got the yellow fever vaccination to get the Yellow Card certificate for the visa. In order to gain that Yellow Card, I went to my home town in Hiroshima, because I found that the clinics offering that vaccination in Tokyo were booked up. However, the timing to visit Africa did not come so quickly, and I had to wait for a long time and wondered, if we could really go to there or not. When getting the yellow fever vaccination, there is one interesting story, and gave me chance to know that Mr. Sasaki is not actually Jesus. Mr. Sasaki had said that he was unafraid of the yellow fever vaccination”. Yet the day before the needle, he said “I cannot sleep because of the fear for injection”, and I was surprised and laughed to hear such words.
He always told me to believe in Jesus, but, he was afraid of just an injection for yellow fever. I thought this was sweet. For your ref. Mr. Sasaki permitted me to disclose this story. I told him “Please do not be afraid and go to sleep”. One of his friends became sick after the yellow fever vaccination, which is why Mr. “Don’t Worry” worries about it.
After a while, Mr. Sasaki called me about his plan to resign from his law firm which he worked for 41 years. I was shocked at this news, he said, “I will take off from that firm just like an eagle flying high in the big sky”. I think that Jesus commanded him to do so.
As he flew from the cage of “Anderson Law Firm”, he said “I will fly to Africa like an eagle.” I said, “Yes, Sensei, and be careful”, then, he astonished me by saying “Obama san, you should come with me”
For what purpose shall we go to Africa ? Where in Africa ? Any confidential agreement on this matter ? I concluded that I would be a bodyguard to support Mr. Sasaki’s trip to Africa. Several people told me “Please at least bring Mr. Sasaki back to Japan”, I was shocked with those words because they wanted me to sacrifice my body for Mr. Sasaki to fulfill my assignment as a body guard, and they did not worry about my safe return. On the other hand, it can be reasonable because I failed to commit suicide and Mr. Sasaki is far more important than myself.
3. The Attack by Satan
On the previous day of our departure to Africa, 10th Feb., 2010, there was a Christian event at Okubo in Shinjuku. In order to reach Okubo from Ueno station,I took the Yamanote Line. It was cold and raining outside. Something strange happened to me as well as to Sensei. In order to go to Okubo from Ueno, the easiest way is take the Yamanote Line to Akihabara and change to the Chuo Sohbu Line, which should take about 20 minutes. However, I took the wrong train going in the opposite direction, so I changed trains to go back toward Akihabara. But actually as the Yamanote Line also takes me to Shinjuku, I did not have to change trains. Anyway, I was at lost and my brain did not work properly. I just called Mr. Sasaki to inform him of my delay. At that time, Mr. Sasaki thought that I made a silly mistake; however, even Mr. Sasaki took a wrong train from Yotsuya for the opposite direction. Then, I received an e-mail from Mr. Sasaki, who said that he also took a wrong train and he will also be late. Furthermore, he said that he fell down at the stairs, sprained his leg, and a car passed right near the place where he fell down. I was surprised to hear about the accident, which happened on the day before our departure for Africa, and assumed it was the beginning of a satanic attack. Anyway, I finally met Ssasaki sensei, had our business meeting and I went back home.
The next day we left from Haneda airport to Kansai, Doha (Qatar), and then, to Lagos (Nigeria). Then, Sasaki sensei told us that he lost his Yellow Card, which was necessary for our trip to Ghana. He had to rush to Tokyo Clinic in Odaiba to ask for the reissue of Yellow Card. He rushed like an eagle, and came back to Haneda just in time to catch the air plane for Kansai. I think this was just the beginning of a satanic attack, but, God let us continue. If Mr. Sasaki had not gotten his yellow fever card in time, we would not have had our leader and our trip to Africa may have been canceled or postponed. But, thankfully, our trip to Africa, and my interesting partnership with Mr. Sasaki began.
Upon our arrival at Kansai Airport in Osaka, Japan, Mr. Sasaki suggested to everybody to get a travel insurance, which was his wife’s condition for his trip to Nigeria. We laughed at this idea, because, if a traveler dies, the money will go to his family by travel insurance. However, his wife’s advice was actually quite reasonable and useful for everybody in the end. It reminded me of my past experience for attempting suicide in order to obtain payment for my family and employees. I hear in these days this is quite common. However, his wife’s suggestion for insurance was a real concern for every member for our group for any accident or incident besides death to a notoriously dangerous country, Nigeria.
By the way, in my earlier testimony, I wrote on the subject of trying to commit suicide for insurance money. This was for a Campaign for suicide prevention, and, if interested, I can send you an English version. (Please see Yahoo HP; (父さん生きてて良かったね。Or小濱敏雄)
Anyway, I also applied for travel insurance. (one of our members, a Chinese lady, Ms. Wang also applied for one which she could use it for her injury at Lagos airport after the trip). By the way, before our departure, we were not informed of our flight route to Lagos from Japan, and at the airport, we were informed that there would be a stopover at Doha (Qatar). Doha reminds us, Japanese, “Tragedy of Doha for Japanese Soccer team at the World Cup Soccer Asian League Game” some time ago.
Mr. Sasaki bought Malaria medicine from Tokyo Clinic, but, none for me because the doctor could only prescribe it for his patients. I was too busy to purchase the medicine myself, and besides I believed Mr. Sasaki’s words “Don’t Worry because Jesus will protect us.”
On the Air Bus 300 plane for Doha, I sat next to Mr. Sasaki and our funny journey together began. Soon after taking off, I got a menu for dinner and felt as if I was a first class passenger. I was so happy to see such a wonderful menu and thought the oil rich Qatar Airline was serving luxury food. The menu choice was steak or Japanese food. However, meal I was actually served was a tiny lunch box wrapped in aluminum foil. There was a beef steak on top of the little boiled rice. It was beef steak, but, much smaller than my expectation. It looked like a simple lunch box for a soldier.
Meanwhile, I had to laugh when I saw the menu indicating, “We may not meet your required meal” I thought it was completely different from my expectation. Maybe this escape clause can be applied for other businesses.
So, we can arrange the contract sheet in details with such escape clause.
It is good that, in the beginning, I did not notice the escape clause, but, afterwards, we had hearty laugh together. The ten hours flight to Doha passed quickly and joyfully. After a long flight, we were all quite exhausted and during the transit time at Doha airport, we sat on bench. Doha airport looked beautiful, but, because of our weariness and jet lag, we did not feel like shopping. However, we took pictures together, then, we took another plane for Lagos. On the same QA flight, the same kind of menus were given to us, but I did not expect good food anymore (it also included a escape clause.) Furthermore, on this menu from Doha airport, it indicated that the meal was cooked according to Muslim teaching. On the plane, I enjoyed reading a book “Japanese Soldiers who read the Bible at the end Edo and the early Meiji period” (Seisho wo Yonda Samurai Tachi). It is interesting to know how Japanese leaders and samurais were influenced by Christianity and the Missionaries at around the middle of the 19th Century.
4. Arrival on AFRICA
Finally, we arrived at Lagos airport in Nigeria. At Doha airport in Qatar, there were a lot of Japanese boys flying for England and girls for Rome, however, we were the only Japanese going to Lagos. All the other passengers were black, and we felt very strange.
In Japan, most Nigerians are seen downtown in the Roppongi area. The airport was not clean and we could not see any duty free shops; and we also had no idea where the toilet was. The Immigration counter was in slow motion where Ms. Wang was attacked by Satan. “Walk don’t run”, but she must have been exhausted after long flight. Mr. Sasaki and I took the stairs, but Ms. Wang took an old escalator to go down. So many people went on the escalator at one time, that it stopped suddenly due to the heavy weight. Furthermore, due to shock, all the passengers on the escalator fell down starting from top to down, and Ms. Wang was in the very bottom of all the people who fell down. Her hair and her slacks were jammed into the escalator and we heard her screams, but Mr. Sasaki and I were for away and unable to reach her underneath everybody. She looked pale, and we were terrified with such an accident at Lagos Airport, but thanks to God, one passenger nearby helped her. Although she wounded her leg by this accident, her injury was minimized. An emergency team people also came to help. (Meanwhile when I saw Ms. Wang in Tokyo almost one month afterwards, her leg was still not completely healed.)
However, Ms. Wang is a strong Christian Chinese lady, so, afterwards, she became normal and laughed at that accident. Praise the Lord ! We left the airport over one hour after our arrival. And although we worried about our suitcases, they all arrived safely. After we left the airport and we found a strange atmosphere in Nigeria.
Lagos was full of armed policemen in fighting gears. Since I am an unconventional guy, I took pictures of them with Mr. Sasaki. Surprisingly the policemen accepted to be in the pictures with us easily. (I can show those pictures if interested)
In front of the airport, we finally met Mrs. Hanna Gbassa (John’s wife) and other friends, who took us to the church accommodation. The transportation was arranged by Mr. John Gbassa, whom we call Mr. President, because Mr. Gbassa plans to challenge the presidential election 6 years later, Our cars to the church accommodation were escorted by police cars with men in fighting gears, and in that car, as if we were VIPs. After an hour drive on unpaved roads, we still could not reach our accommodation. Meanwhile, supermarkets, drug stores, clothes shops; all these shops along the way were poor street stalls, and we wondered how the church accommodations would be, in such a poor area. However, when we arrived at the big building, it looked better than government building, moreover, at the iron entrance, there were security guards, and inside was another peaceful world. The view inside was completely different from the outside. The church had accommodations for guests, and each room had a toilet and shower. We did not find mosquitos inside and every room was fully equipped with air conditioning. However, there were a few inconveniences, such as being unable to use the internet and no hot water for the shower. As Sasaki sensei forgot to bring shampoo, I gave him one, meanwhile, I washed my hair with solid soap in cold water, and my hair became dry and hard. All the others in our group were fine and comfortable.
While we were relaxing in our room, Ms. Wang discovered that she brought a wrong suitcase from the airport. She took other person’s suitcase. Without resting, Ms. Wang together with Mr. Obaseki, our tour leader and Mrs. Gbassa went back to the airport. It was hard work to drive one hour back to the airport, but, three hours later, they all came back to the church with the correct suitcase, thank God. The accident at the escalator and picking up wrong suitcase, that was the day of Ms. Wang.
That night, there was no schedule, so, we all relaxed in each room and watched TV. As I wanted to do internet mail, I asked the church staff and went to Emmanuel TV (church TV station) room to check. I found that I was unable to use mailing by Microsoft internet, but, I could through Google. Before departing from Japan, I was told that Internet in Nigeria was possible and that should be no problem (Daijohbu) to do e-mail. However after arriving Lagos, I found that it was impossible to do internet mail (Not Daijohbu).
In any case, I gave up using e-mail by telling myself that maybe God wanted me to concentrate on his work, not for the ordinary daily business and secular matters. Since I do not sleep so much, I spent a lot of time reading in my room; I was able to read most of books which I bought for this trip.
5. The Miracle at Sunday Worship Services
The next day was the Sunday Worship service, and we were all treated as VIPs (thanks to God and Mr. President). I found approx. 15,000 people inside the church, and another 5,000 people outside, altogether 20,000 people gathered for this service. When we were escorted into the church, the worship service had already started, and in front of this large audience, one old man was dancing all alone. He was outstanding and he danced like Michel Jackson. The whole audience was watching his dancing, and I was also compelled to dance with him. Mr. Sato, sitting next to me was hoping I wouldn’t get up, but, I did. I guess I stood out, Japanese guy dancing on front of the African audience, but, they all applauded my performance. Then I became a little embarrassed with such an audience and asked “Mr. Don’t Worry” (Mr. Sasaki) to join me to dance together.
He showed a restful good smile, which I had never seen in Japan. Then, next, that serious guy, Mr. Kusaba also joined my dance. He had been instructed not to visit Nigeria for safety reasons (under the suggestion of the Japanese Foreign Ministry). However, he joined our group because our trip to Nigeria coincided with his trip to West Africa. By the way, we were later informed that we had danced in front of high level politicians and public officers of the government, and even shook hands with them, by the grace of God, Hallelujah ! We continued to dance until the church staff told us to stop. We danced in front of an audience of 15,000 and internet TV worldwide, a tremendous experience, isn’t it ? My unconventional style is now becoming a real thing. (By the way, I went to Korea after this trip to Africa, and before I used to be amazed at the tremendous scale and service of the Korean church. However, after my trip to Nigeria, my perception has changed, now, I felt Korean churches are quite gentle and calm, and I really felt the lack of vitality of Japanese churches. ).
After our special dancing, the entire congregation danced to orchestral music for nearly 2 hours. It was great to see so many Africans enthusiastically dance together. Their worship service started with such dancing, then Pastor TB Joshua gave us a message and prayed for us. The service continued for a long time and finished around 11:00 PM late at night. This is their typical service, lasting for about 12 hours every Sunday.
Then, next incident happened during such long services, the portable computer and other accessories of Mr. Kusaba were stolen from his room of the church accommodation. Actually during the services, Mr. Kusaba was shocked to hear from Pastor TB Joshua that “You have the devil spirit of committing suicide”, as he was about to make his personal testimony on TV. Ms. Wang was also told by pastor that “You worry too much about your passed personal experiences. You should forgive the person you grudge against.” She was also supposed to make her testimony. As for the contents, it is private matter; it cannot be disclosed here, but it was also surprising.
As for Mr. Kusaba, his stolen computer was reported to the police, however he was in a difficult position because he came to Nigeria confidentially from his company and the computer was company property. Moreover, it could be connected to his company internet line with a password, so, he was at a loss and really looked as if he was going to commit suicide. Due to such panic, his testimony on TV was canceled. By the way, the criminal lady was found, but his computer was not returned. She confessed that she had thrown away many computers and cell phones in the river nearby, and many of these were found there as well as from her room in the church. Meanwhile, Ms. Wang made her testimony on TV, which was televised all over the world. Until then, we thought that the trip started with Ms. Wang and ended also with Ms. Wang, but, another adventure was waiting for us in Ghana.
6. The Adventures in Ghana:
Our main destination of this African trip was Ghana. There was the problem between a Mafia group in Ghana and a Japanese businessman, Mr. T. (Nickname, Mr. Lagosman; just like a violent and cunning Lagos guy). Mr. T is not a Christian, but, he used to laugh at us, Christians even on our way to Africa saying, “I cannot believe in “the AHMEN SOHMEN” religion and I will never attend the worship services on Sunday; and, I will have headache and take a rest”. As it turned out and actually he did have a headache on Sunday; moreover we were really surprised to see him come to the service, too. He was persuaded to join us by a church staff, who told him “You are in Lagos far away from Japan, so you should not miss this opportunity.” The healing ministry by Pastor TB Joshua had just started. Every attendant wrote down each prayer request on the A3 size paper in English. I also wrote down my prayer request for “Business breakthrough”, but, Mr T “Mr. Lagosman” wrote about his headache as well as his fighting with the Mafia group in Ghana. I do not know what Mr. Sasaki wrote down. There were so many waiting in chairs. And a leg and waist problem police officer in a wheel chair, started to walk by himself from that wheel chair by a healing prayer of Pastor. TV camera closely captured this on film.
As we were treated as VIP, we could see these healing ministry right in front of us. It was the first time for me to see such healing, after I was healed by Mr. Sasaki’s prayer on Christmas eve last year as mentioned earlier.
Next, was our tern, and Mr. Sasaki, Mr. Kusaba myself and Mr. Lagosman (Mr. T) were all healed by prayers by Pastor Joshua there. Another group member, Mr. Sato, was frightened, and he wanted to leave that place, but, I told him to stay. It was such thrilling and strong experiences. There it was, because the Pastor saw through our past experiences and drove out all our evil spirits from us.
At first Mr. Kusaba was the first person among our Japanese group, who fell down by the special prayer of Pastor Joshua and crawled on the ground, actually, his computer was stolen during that timing. But, I was astonished at such a happening. Mr. Sasaki also fainted down. Mr. Sato, whom I suggested to stay there, also fell down, and myself, Obama, lost my consciousness and fell down, too. Meanwhile, Mr. Lagosman (Mr. T) stood still by stretching his legs open firmly, thinking he should not fall down because he has no faith in Jesus. But, Mr. Lagosman also fell down easily and after that his eyes became strange. I assume that devil left his spirit and his headache disappeared. He thought he would not fall down, but, he fell down most violently and crawling over the ground. Because of his originally straight character, he confessed suddenly “I believe in Jesus”. By his change, Mr. Sasaki and all of us were very much surprised and praised the Lord. Although he said to us ironically “AHMEN, SOHMEN” before, he became a Christian just on the first service in one day.
By the way, besides the attack of Satan for the threat of Mr. Kusaba’s computer, the cell phone of Ms. Wang was also stolen. And, also, Mr. Sasaki’s cell phone did not show screen. So, without it, he could not use his cell phone and even if the phone rang, he did not know with whom he was talking over the phone. Mr. Sasaki could not reply to people, who called him, which meant, people in Japan tried to reach him through my phone. And, therefore, I had to use e-mail of cell phones more often than I expected before. For example international calls from Korea, I would have to bear the cost from Korea to Japan, then, to Nigeria, which could be very expensive for me, so, I fixed my cell phone to reject the phone calls from outside to save cost. Consequently, I could not use either e-mail or phones. I thought it was convenient, however, God treated me like that. Under such situations, I could not follow my own business by e-mail or by phones. I said Good-by to my cell phone. By the way, because of long worship services that night, the time I went to bed was around after 04:00 AM. Under such lack of sleep, we had to get up around 06:00 AM early morning on the same day to leave Lagos for Ghana At that time, I still did not know the real purpose of our visit to Ghana. Those of us going to Ghana were, Mr. Sasaki, Mr. Lagosman, Mr. President (John) and myself, Obama. Ghana reminds me of Ghana Chocolate and, we went there for the feeling that it was an additional gift trip besides Nigeria. However, when we arrived at Accra airport (Ghana), the first place we headed for was Police Office. I was told for the first time that we went there in order to prepare to fight with Mafia in Ghana, who did not return big amount of money to Mr. Lagosman. We went to the police office to ask for their cooperation and support. Accra was beautiful city with fresh air, just like a resort town in Hawaii. Recently, American President, Mr. Obama visited and the Prince from Japan also visited. It was completely different from Nigeria.
We went to actually the Head Quarter of Ghana Police. Then, by the command of Chief of the Police Office H.Q., we made to practice to fight with Mafia to capture the Mafia Group. According to the memory of Mr. Lagosman, we first went to search the Mafia office. At that moment, I could find the main reason of our trip to Ghana. It was to get back the money for Mr. Lagosman, who lost it to Ghana Mafia. I stayed at the back seat of a wagon car, which had a net in front of me and looked like a car to carry prisoners. There were Mr. President (John) and one detective man sitting in front of me. It was steel made chairs, and it was about an hour drive to the Mafia agitation point. If I see front, I felt dizzy and in my back, car is driving for inverted direction, so I became car sick and about to vomit. But, that agitation point could be found in the end. We all went back to police office. But, they said that there is another agitation point, which they watched on, and then, we decided to go and search again to that another location. I was defeated with that idea. But, I thought “I will never have such an experience again”. Mr. Sasaki kindly told me “Mr. Obama can stay at Police office”, but, I did not want to escape that situation, and said with my high spirit, “I will go with you, together”. At that time. My car sickness became in a most serious situation, and under such conditions I sweat a lot. However, their agitation spot could still not be found. It was already dark at night and when we came back again to the police office. I immediately rushed to the toilet to vomit.
That toilet was so dirty, although it was in the Police Head Quarters. Due to such a dirty toilet, I got a headache and lost my appetite for eating. After that, they had figured out another scenario to arrest the Mafia. This idea was to call the boss of Mafia to our hotel, where we stayed. Before calling them, Mr.Lagosman called to the boss of Mafia saying, “Come to African Westin Hotel, 09:00 AM tomorrow morning”. It was in broken English, but, his voice was very strong with a hard crack to it. There he is a Japanese Mr. Lagosman. This idea was figured out by the Ghana Police Office. But, after we thought it over, we realized it was not good idea to tell them where we are staying. So, we asked the front desk staffs of that hotel not to tell anybody that Japanese people were staying in that hotel. We all went to our room quietly and waited. There were repeated calls to the cell phone of Mr. Lagosman, so, we were sure that they tried to confirm the location of the hotel. Mr. Sasaki and I agreed pathetically and firmly with each other, “As we are here together till now, let us fight with the Mafia group to risk our lives, but, Jesus protected us. We had to go back to Japan by the planned flight schedule, otherwise, we would have missed the chance to go to Korea for another appointment there.
But, if we stayed there, their next plan was to make me to be a victim of the Mafia and Mr. Sasaki to be involved right in the middle of the gun fire between Policemen and the Mafia. However, as both Mr. Sasaki and myself Obama had to leave for Japan, Mr. Lagosman became fearful and our plan was finally failed. But, Mr. President continued to follow up this project. The name of his company is called “WAO”, which pronounces WAO ! Awesome God ! Finally we left Ghana back for Japan.
By the way, on second day of our arrival in Nigeria, I was bitten by a mosquito and
Mr. Sasaki laughed at that, but, five minutes later, Mr. Sasaki was also bitten by a mosquito from the outside of his trousers. We both laughed together. By the way, the amount of malaria medicine Mr. Sasaki prepared was not small. Although he excused it that it was prepared by his wife. I assume that he might actually have intended it also for other members. Many things happened in this one week. A lot attack by Satan.
However, by the protection of Jesus Christ, we finally came back to Japan safely and then visited Korea. It was terrible but, a pleasant experience. As a conclusion, I felt Nigeria needs the partnership with Japan, with its high technology. We could support Nigeria to develop further and the safety of the country will improve. We should not leave that country alone, but, we should invite many Japanese young people to go there and to all African countries, where they can start new businesses; by starting convenience stores and super markets etc. We can export our second hand buses and construction machineries etc. “Boys be ambitious !” African countries give us a big dream ! In Japan many young people lose their jobs. Let us challenge new businesses in Africa. There will be a lot of difficulty in the beginning, but now is the time for Japanese Christians to work and serve in Africa. I will go with you. Let us connect Japan with resource rich country, Nigeria and Africa. God bless you richly !
By Paul Toshio Obama in March, 2010
(Abraham Sasaki Law Office, International VIP Club,)
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Carsickness Medicine is more effective that Malaria Pills in Africa
1. Prologue : I met Jesus Christ !
I met Jesus Christ on Christmas Eve 24th, Dec. 2009.
I know Jesus Christ is living, but I considered my best friend Mr. Abraham Sasaki, as Jesus in those days. All my friends often criticized me that I worshiped an idol because Jesus Christ is the only savior. It was natural that I was criticized by my friends, and I know my belief was wrong, but, at that time, I did really not know Jesus Christ.
As a new born Christian, I became engaged in mission work. I wanted to become like Mr. Sasaki, and I wanted to believe in Jesus Christ as Mr. Sasaki believed. In those days, I respected Mr. Sasaki so much that rather than mission work, what I really did was advertize Mr. Sasaki as a Christian leader.
However, I came to know Jesus Christ on Christmas Eve 2009 after a prayer meeting.
That night, I attended the prayer meeting with sunglasses, disguised myself with a lady’s party costume and painted my face black. Members of the prayer meeting stared at me, however, nobody could recognize me as Obama.
Actually, at the beginning of the prayer meeting, I was wearing an ordinary suit, but, when Pastor Kanno arrived, I went to his car, changed my costume and made up, then returned to the prayer meeting. Nobody noticed my change. The so-called Jesus Vending Pastor, Mr. Kanno, No.1 KY Pastor, also disguised himself. No, 1 Pastor in Japan also joined me to do such unconventional action. I respected his such brave action and I was impressed with this unique, tremendous, unordinary Pastor. However, other conservative members of the prayer meeting regarded our actions as stupid. (However, Mr. Sasaki, his nickname “Mr. Don’t Worry”, laughed at us and all our actions.)
After that prayer meeting, we had dinner at the restaurant “WATAMI” nearby. I was wearing my costume, but, at that time, I was also suffering from a toothache and seeing a dentist. I could not enjoy eating my dinner because of my dental problem and stayed in the corner of the room feeling depressed. Mr. & Mrs. Watanabe kindly served me a lot of food, but, all I could eat from the Sukiyaki dinner were the bean curds and a little of my favourite food. Although Mr. and Mrs. Watanabe were so kind, I was about to spend that Christmas dinner with feeling lonely. However, I was able to see the real Jesus Christ.
After leaving the WATAMI restaurant, while we are walking, Mr. Don’t Worry called me. “Come on Mr. Obama”, then, he said a healing prayer for my tooth on the road with his big voice. “In the name of Jesus, may the toothache of Obama be healed and remove this pain immediately” He put his hand on my head and prayed with big voice, while many people passed by on the road. I was astonished by his tremendously big voice. But, surprisingly, my toothache disappeared at that moment. Hallelujah !!
While walking from the OCC building to JR Ochanomizu station, I was healed.
“Believer is to be saved”, as I believed Mr. Don’t Worry, the spirit of Jesus Christ gave me Grace by healing my toothache. It was my first experience of the grace of Jesus.
I have heard of many stories of God’s healing powers, but, I did not expect to have such healing myself. And, it was my first experience of God’s healing. I was sure that Jesus came upon Mr. Won’t Worry and Jesus healed me through Mr. Sasaki.
But, I thought if I had been healed earlier, then, I could have eaten my delicious dinner and, I regret that the healing was made after dinner.
Maybe God punished me for my behavior, but, later healed me for my belief.
But I was so pleased with my healing, I sent an e-mail to Mr. Sasaki even from the train to show my thanks to him. At that time, I was still in my party lady’s costume with a black painted face. Other passengers in the train glanced at me, but, I sent mails also to my other friends. Since then, my toothache disappeared, thanks to God. If I did not see Jesus at that time, my experience in Africa would have been different.
This is a long prologue of this testimony for my trip to African.
2. Let’s go to AFRICA !
This is my testimony of our trip to Africa. As many people know, Mr. Abraham Sasaki, Mr. Don’t Worry, left his law firm “Anderson Mori and Tomotsune” last January and became independent, like an Eagle taking off. I was told by him in July 2009 that we will go to Africa, so, I got the yellow fever vaccination to get the Yellow Card certificate for the visa. In order to gain that Yellow Card, I went to my home town in Hiroshima, because I found that the clinics offering that vaccination in Tokyo were booked up. However, the timing to visit Africa did not come so quickly, and I had to wait for a long time and wondered, if we could really go to there or not. When getting the yellow fever vaccination, there is one interesting story, and gave me chance to know that Mr. Sasaki is not actually Jesus. Mr. Sasaki had said that he was unafraid of the yellow fever vaccination”. Yet the day before the needle, he said “I cannot sleep because of the fear for injection”, and I was surprised and laughed to hear such words.
He always told me to believe in Jesus, but, he was afraid of just an injection for yellow fever. I thought this was sweet. For your ref. Mr. Sasaki permitted me to disclose this story. I told him “Please do not be afraid and go to sleep”. One of his friends became sick after the yellow fever vaccination, which is why Mr. “Don’t Worry” worries about it.
After a while, Mr. Sasaki called me about his plan to resign from his law firm which he worked for 41 years. I was shocked at this news, he said, “I will take off from that firm just like an eagle flying high in the big sky”. I think that Jesus commanded him to do so.
As he flew from the cage of “Anderson Law Firm”, he said “I will fly to Africa like an eagle.” I said, “Yes, Sensei, and be careful”, then, he astonished me by saying “Obama san, you should come with me”
For what purpose shall we go to Africa ? Where in Africa ? Any confidential agreement on this matter ? I concluded that I would be a bodyguard to support Mr. Sasaki’s trip to Africa. Several people told me “Please at least bring Mr. Sasaki back to Japan”, I was shocked with those words because they wanted me to sacrifice my body for Mr. Sasaki to fulfill my assignment as a body guard, and they did not worry about my safe return. On the other hand, it can be reasonable because I failed to commit suicide and Mr. Sasaki is far more important than myself.
3. The Attack by Satan
On the previous day of our departure to Africa, 10th Feb., 2010, there was a Christian event at Okubo in Shinjuku. In order to reach Okubo from Ueno station,I took the Yamanote Line. It was cold and raining outside. Something strange happened to me as well as to Sensei. In order to go to Okubo from Ueno, the easiest way is take the Yamanote Line to Akihabara and change to the Chuo Sohbu Line, which should take about 20 minutes. However, I took the wrong train going in the opposite direction, so I changed trains to go back toward Akihabara. But actually as the Yamanote Line also takes me to Shinjuku, I did not have to change trains. Anyway, I was at lost and my brain did not work properly. I just called Mr. Sasaki to inform him of my delay. At that time, Mr. Sasaki thought that I made a silly mistake; however, even Mr. Sasaki took a wrong train from Yotsuya for the opposite direction. Then, I received an e-mail from Mr. Sasaki, who said that he also took a wrong train and he will also be late. Furthermore, he said that he fell down at the stairs, sprained his leg, and a car passed right near the place where he fell down. I was surprised to hear about the accident, which happened on the day before our departure for Africa, and assumed it was the beginning of a satanic attack. Anyway, I finally met Ssasaki sensei, had our business meeting and I went back home.
The next day we left from Haneda airport to Kansai, Doha (Qatar), and then, to Lagos (Nigeria). Then, Sasaki sensei told us that he lost his Yellow Card, which was necessary for our trip to Ghana. He had to rush to Tokyo Clinic in Odaiba to ask for the reissue of Yellow Card. He rushed like an eagle, and came back to Haneda just in time to catch the air plane for Kansai. I think this was just the beginning of a satanic attack, but, God let us continue. If Mr. Sasaki had not gotten his yellow fever card in time, we would not have had our leader and our trip to Africa may have been canceled or postponed. But, thankfully, our trip to Africa, and my interesting partnership with Mr. Sasaki began.
Upon our arrival at Kansai Airport in Osaka, Japan, Mr. Sasaki suggested to everybody to get a travel insurance, which was his wife’s condition for his trip to Nigeria. We laughed at this idea, because, if a traveler dies, the money will go to his family by travel insurance. However, his wife’s advice was actually quite reasonable and useful for everybody in the end. It reminded me of my past experience for attempting suicide in order to obtain payment for my family and employees. I hear in these days this is quite common. However, his wife’s suggestion for insurance was a real concern for every member for our group for any accident or incident besides death to a notoriously dangerous country, Nigeria.
By the way, in my earlier testimony, I wrote on the subject of trying to commit suicide for insurance money. This was for a Campaign for suicide prevention, and, if interested, I can send you an English version. (Please see Yahoo HP; (父さん生きてて良かったね。Or小濱敏雄)
Anyway, I also applied for travel insurance. (one of our members, a Chinese lady, Ms. Wang also applied for one which she could use it for her injury at Lagos airport after the trip). By the way, before our departure, we were not informed of our flight route to Lagos from Japan, and at the airport, we were informed that there would be a stopover at Doha (Qatar). Doha reminds us, Japanese, “Tragedy of Doha for Japanese Soccer team at the World Cup Soccer Asian League Game” some time ago.
Mr. Sasaki bought Malaria medicine from Tokyo Clinic, but, none for me because the doctor could only prescribe it for his patients. I was too busy to purchase the medicine myself, and besides I believed Mr. Sasaki’s words “Don’t Worry because Jesus will protect us.”
On the Air Bus 300 plane for Doha, I sat next to Mr. Sasaki and our funny journey together began. Soon after taking off, I got a menu for dinner and felt as if I was a first class passenger. I was so happy to see such a wonderful menu and thought the oil rich Qatar Airline was serving luxury food. The menu choice was steak or Japanese food. However, meal I was actually served was a tiny lunch box wrapped in aluminum foil. There was a beef steak on top of the little boiled rice. It was beef steak, but, much smaller than my expectation. It looked like a simple lunch box for a soldier.
Meanwhile, I had to laugh when I saw the menu indicating, “We may not meet your required meal” I thought it was completely different from my expectation. Maybe this escape clause can be applied for other businesses.
So, we can arrange the contract sheet in details with such escape clause.
It is good that, in the beginning, I did not notice the escape clause, but, afterwards, we had hearty laugh together. The ten hours flight to Doha passed quickly and joyfully. After a long flight, we were all quite exhausted and during the transit time at Doha airport, we sat on bench. Doha airport looked beautiful, but, because of our weariness and jet lag, we did not feel like shopping. However, we took pictures together, then, we took another plane for Lagos. On the same QA flight, the same kind of menus were given to us, but I did not expect good food anymore (it also included a escape clause.) Furthermore, on this menu from Doha airport, it indicated that the meal was cooked according to Muslim teaching. On the plane, I enjoyed reading a book “Japanese Soldiers who read the Bible at the end Edo and the early Meiji period” (Seisho wo Yonda Samurai Tachi). It is interesting to know how Japanese leaders and samurais were influenced by Christianity and the Missionaries at around the middle of the 19th Century.
4. Arrival on AFRICA
Finally, we arrived at Lagos airport in Nigeria. At Doha airport in Qatar, there were a lot of Japanese boys flying for England and girls for Rome, however, we were the only Japanese going to Lagos. All the other passengers were black, and we felt very strange.
In Japan, most Nigerians are seen downtown in the Roppongi area. The airport was not clean and we could not see any duty free shops; and we also had no idea where the toilet was. The Immigration counter was in slow motion where Ms. Wang was attacked by Satan. “Walk don’t run”, but she must have been exhausted after long flight. Mr. Sasaki and I took the stairs, but Ms. Wang took an old escalator to go down. So many people went on the escalator at one time, that it stopped suddenly due to the heavy weight. Furthermore, due to shock, all the passengers on the escalator fell down starting from top to down, and Ms. Wang was in the very bottom of all the people who fell down. Her hair and her slacks were jammed into the escalator and we heard her screams, but Mr. Sasaki and I were for away and unable to reach her underneath everybody. She looked pale, and we were terrified with such an accident at Lagos Airport, but thanks to God, one passenger nearby helped her. Although she wounded her leg by this accident, her injury was minimized. An emergency team people also came to help. (Meanwhile when I saw Ms. Wang in Tokyo almost one month afterwards, her leg was still not completely healed.)
However, Ms. Wang is a strong Christian Chinese lady, so, afterwards, she became normal and laughed at that accident. Praise the Lord ! We left the airport over one hour after our arrival. And although we worried about our suitcases, they all arrived safely. After we left the airport and we found a strange atmosphere in Nigeria.
Lagos was full of armed policemen in fighting gears. Since I am an unconventional guy, I took pictures of them with Mr. Sasaki. Surprisingly the policemen accepted to be in the pictures with us easily. (I can show those pictures if interested)
In front of the airport, we finally met Mrs. Hanna Gbassa (John’s wife) and other friends, who took us to the church accommodation. The transportation was arranged by Mr. John Gbassa, whom we call Mr. President, because Mr. Gbassa plans to challenge the presidential election 6 years later, Our cars to the church accommodation were escorted by police cars with men in fighting gears, and in that car, as if we were VIPs. After an hour drive on unpaved roads, we still could not reach our accommodation. Meanwhile, supermarkets, drug stores, clothes shops; all these shops along the way were poor street stalls, and we wondered how the church accommodations would be, in such a poor area. However, when we arrived at the big building, it looked better than government building, moreover, at the iron entrance, there were security guards, and inside was another peaceful world. The view inside was completely different from the outside. The church had accommodations for guests, and each room had a toilet and shower. We did not find mosquitos inside and every room was fully equipped with air conditioning. However, there were a few inconveniences, such as being unable to use the internet and no hot water for the shower. As Sasaki sensei forgot to bring shampoo, I gave him one, meanwhile, I washed my hair with solid soap in cold water, and my hair became dry and hard. All the others in our group were fine and comfortable.
While we were relaxing in our room, Ms. Wang discovered that she brought a wrong suitcase from the airport. She took other person’s suitcase. Without resting, Ms. Wang together with Mr. Obaseki, our tour leader and Mrs. Gbassa went back to the airport. It was hard work to drive one hour back to the airport, but, three hours later, they all came back to the church with the correct suitcase, thank God. The accident at the escalator and picking up wrong suitcase, that was the day of Ms. Wang.
That night, there was no schedule, so, we all relaxed in each room and watched TV. As I wanted to do internet mail, I asked the church staff and went to Emmanuel TV (church TV station) room to check. I found that I was unable to use mailing by Microsoft internet, but, I could through Google. Before departing from Japan, I was told that Internet in Nigeria was possible and that should be no problem (Daijohbu) to do e-mail. However after arriving Lagos, I found that it was impossible to do internet mail (Not Daijohbu).
In any case, I gave up using e-mail by telling myself that maybe God wanted me to concentrate on his work, not for the ordinary daily business and secular matters. Since I do not sleep so much, I spent a lot of time reading in my room; I was able to read most of books which I bought for this trip.
5. The Miracle at Sunday Worship Services
The next day was the Sunday Worship service, and we were all treated as VIPs (thanks to God and Mr. President). I found approx. 15,000 people inside the church, and another 5,000 people outside, altogether 20,000 people gathered for this service. When we were escorted into the church, the worship service had already started, and in front of this large audience, one old man was dancing all alone. He was outstanding and he danced like Michel Jackson. The whole audience was watching his dancing, and I was also compelled to dance with him. Mr. Sato, sitting next to me was hoping I wouldn’t get up, but, I did. I guess I stood out, Japanese guy dancing on front of the African audience, but, they all applauded my performance. Then I became a little embarrassed with such an audience and asked “Mr. Don’t Worry” (Mr. Sasaki) to join me to dance together.
He showed a restful good smile, which I had never seen in Japan. Then, next, that serious guy, Mr. Kusaba also joined my dance. He had been instructed not to visit Nigeria for safety reasons (under the suggestion of the Japanese Foreign Ministry). However, he joined our group because our trip to Nigeria coincided with his trip to West Africa. By the way, we were later informed that we had danced in front of high level politicians and public officers of the government, and even shook hands with them, by the grace of God, Hallelujah ! We continued to dance until the church staff told us to stop. We danced in front of an audience of 15,000 and internet TV worldwide, a tremendous experience, isn’t it ? My unconventional style is now becoming a real thing. (By the way, I went to Korea after this trip to Africa, and before I used to be amazed at the tremendous scale and service of the Korean church. However, after my trip to Nigeria, my perception has changed, now, I felt Korean churches are quite gentle and calm, and I really felt the lack of vitality of Japanese churches. ).
After our special dancing, the entire congregation danced to orchestral music for nearly 2 hours. It was great to see so many Africans enthusiastically dance together. Their worship service started with such dancing, then Pastor TB Joshua gave us a message and prayed for us. The service continued for a long time and finished around 11:00 PM late at night. This is their typical service, lasting for about 12 hours every Sunday.
Then, next incident happened during such long services, the portable computer and other accessories of Mr. Kusaba were stolen from his room of the church accommodation. Actually during the services, Mr. Kusaba was shocked to hear from Pastor TB Joshua that “You have the devil spirit of committing suicide”, as he was about to make his personal testimony on TV. Ms. Wang was also told by pastor that “You worry too much about your passed personal experiences. You should forgive the person you grudge against.” She was also supposed to make her testimony. As for the contents, it is private matter; it cannot be disclosed here, but it was also surprising.
As for Mr. Kusaba, his stolen computer was reported to the police, however he was in a difficult position because he came to Nigeria confidentially from his company and the computer was company property. Moreover, it could be connected to his company internet line with a password, so, he was at a loss and really looked as if he was going to commit suicide. Due to such panic, his testimony on TV was canceled. By the way, the criminal lady was found, but his computer was not returned. She confessed that she had thrown away many computers and cell phones in the river nearby, and many of these were found there as well as from her room in the church. Meanwhile, Ms. Wang made her testimony on TV, which was televised all over the world. Until then, we thought that the trip started with Ms. Wang and ended also with Ms. Wang, but, another adventure was waiting for us in Ghana.
6. The Adventures in Ghana:
Our main destination of this African trip was Ghana. There was the problem between a Mafia group in Ghana and a Japanese businessman, Mr. T. (Nickname, Mr. Lagosman; just like a violent and cunning Lagos guy). Mr. T is not a Christian, but, he used to laugh at us, Christians even on our way to Africa saying, “I cannot believe in “the AHMEN SOHMEN” religion and I will never attend the worship services on Sunday; and, I will have headache and take a rest”. As it turned out and actually he did have a headache on Sunday; moreover we were really surprised to see him come to the service, too. He was persuaded to join us by a church staff, who told him “You are in Lagos far away from Japan, so you should not miss this opportunity.” The healing ministry by Pastor TB Joshua had just started. Every attendant wrote down each prayer request on the A3 size paper in English. I also wrote down my prayer request for “Business breakthrough”, but, Mr T “Mr. Lagosman” wrote about his headache as well as his fighting with the Mafia group in Ghana. I do not know what Mr. Sasaki wrote down. There were so many waiting in chairs. And a leg and waist problem police officer in a wheel chair, started to walk by himself from that wheel chair by a healing prayer of Pastor. TV camera closely captured this on film.
As we were treated as VIP, we could see these healing ministry right in front of us. It was the first time for me to see such healing, after I was healed by Mr. Sasaki’s prayer on Christmas eve last year as mentioned earlier.
Next, was our tern, and Mr. Sasaki, Mr. Kusaba myself and Mr. Lagosman (Mr. T) were all healed by prayers by Pastor Joshua there. Another group member, Mr. Sato, was frightened, and he wanted to leave that place, but, I told him to stay. It was such thrilling and strong experiences. There it was, because the Pastor saw through our past experiences and drove out all our evil spirits from us.
At first Mr. Kusaba was the first person among our Japanese group, who fell down by the special prayer of Pastor Joshua and crawled on the ground, actually, his computer was stolen during that timing. But, I was astonished at such a happening. Mr. Sasaki also fainted down. Mr. Sato, whom I suggested to stay there, also fell down, and myself, Obama, lost my consciousness and fell down, too. Meanwhile, Mr. Lagosman (Mr. T) stood still by stretching his legs open firmly, thinking he should not fall down because he has no faith in Jesus. But, Mr. Lagosman also fell down easily and after that his eyes became strange. I assume that devil left his spirit and his headache disappeared. He thought he would not fall down, but, he fell down most violently and crawling over the ground. Because of his originally straight character, he confessed suddenly “I believe in Jesus”. By his change, Mr. Sasaki and all of us were very much surprised and praised the Lord. Although he said to us ironically “AHMEN, SOHMEN” before, he became a Christian just on the first service in one day.
By the way, besides the attack of Satan for the threat of Mr. Kusaba’s computer, the cell phone of Ms. Wang was also stolen. And, also, Mr. Sasaki’s cell phone did not show screen. So, without it, he could not use his cell phone and even if the phone rang, he did not know with whom he was talking over the phone. Mr. Sasaki could not reply to people, who called him, which meant, people in Japan tried to reach him through my phone. And, therefore, I had to use e-mail of cell phones more often than I expected before. For example international calls from Korea, I would have to bear the cost from Korea to Japan, then, to Nigeria, which could be very expensive for me, so, I fixed my cell phone to reject the phone calls from outside to save cost. Consequently, I could not use either e-mail or phones. I thought it was convenient, however, God treated me like that. Under such situations, I could not follow my own business by e-mail or by phones. I said Good-by to my cell phone. By the way, because of long worship services that night, the time I went to bed was around after 04:00 AM. Under such lack of sleep, we had to get up around 06:00 AM early morning on the same day to leave Lagos for Ghana At that time, I still did not know the real purpose of our visit to Ghana. Those of us going to Ghana were, Mr. Sasaki, Mr. Lagosman, Mr. President (John) and myself, Obama. Ghana reminds me of Ghana Chocolate and, we went there for the feeling that it was an additional gift trip besides Nigeria. However, when we arrived at Accra airport (Ghana), the first place we headed for was Police Office. I was told for the first time that we went there in order to prepare to fight with Mafia in Ghana, who did not return big amount of money to Mr. Lagosman. We went to the police office to ask for their cooperation and support. Accra was beautiful city with fresh air, just like a resort town in Hawaii. Recently, American President, Mr. Obama visited and the Prince from Japan also visited. It was completely different from Nigeria.
We went to actually the Head Quarter of Ghana Police. Then, by the command of Chief of the Police Office H.Q., we made to practice to fight with Mafia to capture the Mafia Group. According to the memory of Mr. Lagosman, we first went to search the Mafia office. At that moment, I could find the main reason of our trip to Ghana. It was to get back the money for Mr. Lagosman, who lost it to Ghana Mafia. I stayed at the back seat of a wagon car, which had a net in front of me and looked like a car to carry prisoners. There were Mr. President (John) and one detective man sitting in front of me. It was steel made chairs, and it was about an hour drive to the Mafia agitation point. If I see front, I felt dizzy and in my back, car is driving for inverted direction, so I became car sick and about to vomit. But, that agitation point could be found in the end. We all went back to police office. But, they said that there is another agitation point, which they watched on, and then, we decided to go and search again to that another location. I was defeated with that idea. But, I thought “I will never have such an experience again”. Mr. Sasaki kindly told me “Mr. Obama can stay at Police office”, but, I did not want to escape that situation, and said with my high spirit, “I will go with you, together”. At that time. My car sickness became in a most serious situation, and under such conditions I sweat a lot. However, their agitation spot could still not be found. It was already dark at night and when we came back again to the police office. I immediately rushed to the toilet to vomit.
That toilet was so dirty, although it was in the Police Head Quarters. Due to such a dirty toilet, I got a headache and lost my appetite for eating. After that, they had figured out another scenario to arrest the Mafia. This idea was to call the boss of Mafia to our hotel, where we stayed. Before calling them, Mr.Lagosman called to the boss of Mafia saying, “Come to African Westin Hotel, 09:00 AM tomorrow morning”. It was in broken English, but, his voice was very strong with a hard crack to it. There he is a Japanese Mr. Lagosman. This idea was figured out by the Ghana Police Office. But, after we thought it over, we realized it was not good idea to tell them where we are staying. So, we asked the front desk staffs of that hotel not to tell anybody that Japanese people were staying in that hotel. We all went to our room quietly and waited. There were repeated calls to the cell phone of Mr. Lagosman, so, we were sure that they tried to confirm the location of the hotel. Mr. Sasaki and I agreed pathetically and firmly with each other, “As we are here together till now, let us fight with the Mafia group to risk our lives, but, Jesus protected us. We had to go back to Japan by the planned flight schedule, otherwise, we would have missed the chance to go to Korea for another appointment there.
But, if we stayed there, their next plan was to make me to be a victim of the Mafia and Mr. Sasaki to be involved right in the middle of the gun fire between Policemen and the Mafia. However, as both Mr. Sasaki and myself Obama had to leave for Japan, Mr. Lagosman became fearful and our plan was finally failed. But, Mr. President continued to follow up this project. The name of his company is called “WAO”, which pronounces WAO ! Awesome God ! Finally we left Ghana back for Japan.
By the way, on second day of our arrival in Nigeria, I was bitten by a mosquito and
Mr. Sasaki laughed at that, but, five minutes later, Mr. Sasaki was also bitten by a mosquito from the outside of his trousers. We both laughed together. By the way, the amount of malaria medicine Mr. Sasaki prepared was not small. Although he excused it that it was prepared by his wife. I assume that he might actually have intended it also for other members. Many things happened in this one week. A lot attack by Satan.
However, by the protection of Jesus Christ, we finally came back to Japan safely and then visited Korea. It was terrible but, a pleasant experience. As a conclusion, I felt Nigeria needs the partnership with Japan, with its high technology. We could support Nigeria to develop further and the safety of the country will improve. We should not leave that country alone, but, we should invite many Japanese young people to go there and to all African countries, where they can start new businesses; by starting convenience stores and super markets etc. We can export our second hand buses and construction machineries etc. “Boys be ambitious !” African countries give us a big dream ! In Japan many young people lose their jobs. Let us challenge new businesses in Africa. There will be a lot of difficulty in the beginning, but now is the time for Japanese Christians to work and serve in Africa. I will go with you. Let us connect Japan with resource rich country, Nigeria and Africa. God bless you richly !
By Paul Toshio Obama in March, 2010
(Abraham Sasaki Law Office, International VIP Club,)
Posted by OBAMA at 2011年05月18日 03:48
権助さま、 ミカンさま、
アフリカはすばらしい大陸です。
アフリカは日本を尊敬し日本人が来るのを待っています。
アフリカはイスラム教の勢力も大きいですが、
21世紀最大のキリスト教大陸です。
百万人教会がいくつもあります。
タンザニアのジョセフ・ガジマ牧師は180人の死人をよみがえらせています。
クリスマスには、一か所に一千万人が集まります。
世界最大の宣教師派遣大陸です。
キリスト教は普及するところには、神の祝福が伴います。
政治、経済、社会、科学、文化、すべての分野が祝され発展します。
そのよい例が、韓国です。
一度アフリカを訪問して、ご自分の目で、
アフリカのすばらしさを見てくることをお勧めします。
アフリカはすばらしい大陸です。
アフリカは日本を尊敬し日本人が来るのを待っています。
アフリカはイスラム教の勢力も大きいですが、
21世紀最大のキリスト教大陸です。
百万人教会がいくつもあります。
タンザニアのジョセフ・ガジマ牧師は180人の死人をよみがえらせています。
クリスマスには、一か所に一千万人が集まります。
世界最大の宣教師派遣大陸です。
キリスト教は普及するところには、神の祝福が伴います。
政治、経済、社会、科学、文化、すべての分野が祝され発展します。
そのよい例が、韓国です。
一度アフリカを訪問して、ご自分の目で、
アフリカのすばらしさを見てくることをお勧めします。
Posted by アブラハムささき at 2011年05月20日 01:03
イエス様は生きておられるということで
アフリカは一度行ってみたいですね。
佐々木先生。いつのまにかアイザックからアブラハムに
なられたようですべての父という意味でしょうか。
私は大阪なんかには行きたくない。と思っていたのですが、
ヨナ書を読んでいるうちに、上司から本気で大阪転勤しろと
言われてしまい。現在大阪単身赴任中です。
きっとアフリカに行けと言われて、やはりヨナ書を読んでいると
アフリカにもいってしまうような気がします。
ジョンバサさんも私とほぼ同じ年でしたのでそろそろ50才ぐらい
でしょうかね。
最近仕事で鳥取に行き、昼に鳥取砂丘を見てきましたが、
サハラ砂漠はもっとすごいんでしょうね。
原発のないアフリカはもしかしたら天国に一歩近いかもしれません。
In his Peace
アフリカは一度行ってみたいですね。
佐々木先生。いつのまにかアイザックからアブラハムに
なられたようですべての父という意味でしょうか。
私は大阪なんかには行きたくない。と思っていたのですが、
ヨナ書を読んでいるうちに、上司から本気で大阪転勤しろと
言われてしまい。現在大阪単身赴任中です。
きっとアフリカに行けと言われて、やはりヨナ書を読んでいると
アフリカにもいってしまうような気がします。
ジョンバサさんも私とほぼ同じ年でしたのでそろそろ50才ぐらい
でしょうかね。
最近仕事で鳥取に行き、昼に鳥取砂丘を見てきましたが、
サハラ砂漠はもっとすごいんでしょうね。
原発のないアフリカはもしかしたら天国に一歩近いかもしれません。
In his Peace
Posted by Mario at 2011年05月24日 01:02
Mario 様
コメントありがとうございました。
「21世紀はアフリカの時代」です。
ぜひ、アフリカに転勤してみてください。
人生観が変わりますよ!
「21世紀はボーダレスの時代」です。
どこにいても、インターネットで瞬時に交信できます。
日本という国土に固執しないで、
住居や職場を数カ国に置いてもいいのではないでしょうか?
ガーナで訪問したビジネスマンは、
ガーナのアクラ、カナダのトロント、スイスのジュネーブに
住まいと会社を持って、往き来していました。
アフリカ人の方がよほど国際的だと思いました。
コメントありがとうございました。
「21世紀はアフリカの時代」です。
ぜひ、アフリカに転勤してみてください。
人生観が変わりますよ!
「21世紀はボーダレスの時代」です。
どこにいても、インターネットで瞬時に交信できます。
日本という国土に固執しないで、
住居や職場を数カ国に置いてもいいのではないでしょうか?
ガーナで訪問したビジネスマンは、
ガーナのアクラ、カナダのトロント、スイスのジュネーブに
住まいと会社を持って、往き来していました。
アフリカ人の方がよほど国際的だと思いました。
Posted by アブラハムささき at 2011年05月30日 18:19
久しぶりに ブログ 読みました。
アフリカはイメージでは危ない処と言うイメージが有りますが、日本で言えば丁度 幕末のイメージですかね?
私は幕末は歴史本やテレビなどでの情報しかないのですが、今 アフリカは日本の坂本龍馬的考えを持って行くには最もふさわしい国かも知れませんよ。
今は誰が行っても 坂本龍馬になる事が出来る場所です。
どげんかせんといかんぜよ!!
どなたかアフリカに行って仕事をしてみようと言う方がいらっしゃれば、本格的に計画を組みましょう。
アフリカ人は六本木でよく見かけますが、とても友好的に話しかけてきます。
震災後 どこかに隠れていたのでしょうが、見かけ無かったのですが、今は以前のように良く見かけますよ。
アフリカ人は日本の地震が恐いようです(^-^)
地震国、狭い日本を思えば、アフリカは仕事もあり、夢と希望の国だと思います。
http://wwwpaulobama.blogspot.com/
オバマ
アフリカはイメージでは危ない処と言うイメージが有りますが、日本で言えば丁度 幕末のイメージですかね?
私は幕末は歴史本やテレビなどでの情報しかないのですが、今 アフリカは日本の坂本龍馬的考えを持って行くには最もふさわしい国かも知れませんよ。
今は誰が行っても 坂本龍馬になる事が出来る場所です。
どげんかせんといかんぜよ!!
どなたかアフリカに行って仕事をしてみようと言う方がいらっしゃれば、本格的に計画を組みましょう。
アフリカ人は六本木でよく見かけますが、とても友好的に話しかけてきます。
震災後 どこかに隠れていたのでしょうが、見かけ無かったのですが、今は以前のように良く見かけますよ。
アフリカ人は日本の地震が恐いようです(^-^)
地震国、狭い日本を思えば、アフリカは仕事もあり、夢と希望の国だと思います。
http://wwwpaulobama.blogspot.com/
オバマ
Posted by OBAMA at 2011年06月04日 15:51